短編 | ナノ
朱色の呪縛


(ああ、死にたい。)
 私はたまに、『死にたい』という感情が突然何の前触れもなく現れる。こんな私はいわゆる『自殺志願者』と言われる類に入るのだろう。自分の左手首に捲かれている包帯が痛々しいくらいにそれを物語っている。
別に嫌なことがあったからとか、そんなものではない。突然、本当に突然なのだ。あの感情が現れては私の心を蝕んでいく。そうして今日も、私は自分の身体に刃をたてる。
意識が薄くなってきた。野球部の掛け声が遠のいていく。
「何をしているんだい?」
「っ!?」
 驚いた。もちろん声をかけられたことにも驚いたのだが、それ以上に彼――赤司征十郎の声がとても冷静だったことにひどく驚いた。今の私は手首を真っ赤に染め、教室だって鉄の臭いが立ちこめており、誰しもが顔をしかめるようなこの空間で眉ひとつ動かさずにこちらを見据える姿は異常と言っても過言ではないと思う。
「――はい、できた。」
「え。」
「なんだ、助けてやったのに礼の一つもないのか。まあ、今の状況からして僕の行為はただのお節介か。」
「いや、うん。ありがとう。」
「ふふっ、どっちだい?」
「は、はは…。」
どうやら私が放心している間に止血をされてしまっていたらしい。私の手首には彼の物と思われる白いハンカチが。そしてそれには私の血が染み込んでいた。しばらくハンカチを見つめていると、彼が口を開いた。
「それ、あげるよ。」
「え、あ、ありがとう。」
「別にかまわないよ。」
まあ、彼も人の血が付いたハンカチなど返してほしくはないだろう。洗って落ちるものでもない。私もそんなものを彼に返却などしたくない。
 それにしてもなぜ彼は私を?彼と私の接点などないはずだ。
彼は一年生にしてバスケ部の主将を務めていることで有名だから、そういうことに疎い私でも知っているが、私は何の取り柄もないそこらへんににいるようなただの女生徒。助ける理由など、
(ああ、そうか。)
これが彼の良さなのか。赤司征十郎が周りから好かれている理由がなんとなく分かった気がした。
「なんだ、さっきから人の顔をまじまじと。もしかして、僕の顔に何かついていろのか?」
「あ、ううん。ごめんなさい。」
また余計なことを考えてしまった。自傷行為をした後はどうも調子が狂う。貧血のせいだろうか。
「ハンカチ、ありがとね。じゃあ、」
「待て。」
さようなら。と言おうとしたが、それは彼によって阻止されてしまった。「なに?」と問えば、「何故こんなことをするんだ。」と言われた。『そんなこと』とは自殺行為のことだろう。
「理由なんかないよ。だって突然死にたくなるんだもの。突然、心が空っぽになるの。」
 私がそう言えば彼は驚いたように目を見開いていた。こんな表情もできるのか。
「そうか、わかった。」
「?」
何が分かったのだろう。そう思った瞬間、首に衝撃が走った。彼に首を絞められたのだ。
「じゃあ僕が愛してあげる。君が死にたいなんて思う余裕なんかなくなるくらい、愛してあげるよ。」
一瞬ゾクリとした。彼の目には狂気が孕んでいてその姿は正に異常であった。しかし、こんな状況におかれながらに笑みが零れる私も異常なのであろう。
「分かったわ。でも、それでも私が死にたくなったらその時には、あなたの手で私を殺してくれる?」
「愚問だな。」
「ありがとう。」
 これが歪んだ二人の、全ての始まり。

(きっかけなんてなんでもよかった。)
(やっと君を手に入れたんだ。そう簡単に手放したりしないさ。)


    
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