短編 | ナノ
君の素顔はどっち?


「みょうじさん、ちょっと来て。」
「あ、湯神くん。」

彼は、少し不思議な人だ。

「うわ、湯神じゃん。みょうじ、あいつに何かしたのか?」
「なんでそうなるの。」
「ねえ、早くしてほしいんだけど。俺はあんたらみたいに暇じゃないんだから。」

いつも周りに冷たい態度をとって。

「チッ、相変わらずムカつく野郎だな。行かない方がいいぜみょうじ。」
「そういうわけには…」

ビックリするくらいみんなに嫌われてる。部活風景を見たことがあるけど、先輩にも嫌われてた。彼は、少し人とズレてるんだ。

「早くって言ってるの、分からない?」
「ごめ、わっ!」

さっきまで教室の外で待っていた湯神くんは、いつの間にか私たちのとこへやってきて、私の腕を引いて急ぎ足で教室を出た。
どこへ行くのかも分からず、ただ腕を引かれるままの私。身長差のせいか、大股で、しかも急ぎ足で歩く彼のペースには付いて行けず、私だけ駆け足で移動している。周りの視線がチクチク痛い。気まずさを誤魔化そうと、湯神くんの背中を見つめる。

(背中おっきい…)

暫く見惚れていると、視界が真っ暗になる。どうやら止まった湯神くんに気づかずに背中へ突進してしまったようだ。

「…何してるの。もっと周り見ようよ、これだから女子は…」

湯神くんは何かブツブツ言いながらポケットから鍵を取り出し、滅多に使われていない資料室の鍵を開けた。
ドアを開けられ、「入って」とだけ一言。何の用かは知らないがとりあえず資料室に入った。続いて湯神くんが入ってきて、後ろ手で鍵を閉められた。電気はついてないし、カーテンも閉められているから、この部屋はとても暗い。

「はあ…電気くらいつけようよ。」

そう言って電気のスイッチを手探りで壁伝いに探していると、壁の硬く冷たい感触とは違う、温かい何かに触れた。というより、掴まれた。それが湯神くんの手だと分かったときには、私はもう彼の腕の中におさまっていた。片腕は背中に、もう片方は後頭部に。なるほど、逃げられないということだな。

「毎度毎度、しょうがないなあ。」
「………」

私と彼の関係は、世間一般でいう恋仲というやつだが、なぜか彼は人前で私と接触しようとしない。まあ、大体の予想はつくんだけどね。

「要件はなあに?裕二。」
「………」

名前を呼ぶと顔を肩にうずめてきた。ぐりぐりと頭を押しつけてくるので、彼の髪が少しくすぐったい。

「…さっきの男、誰。」
「んっ…やっと口を開いたかと思えば、そんなこと?」
「誰。」
「あーもう!ちゃんと説明するから、一旦離れて。くすぐったい!」

私の言葉に、彼は渋々といった感じで離れてくれた。部屋が暗いせいで表情は分からないけど、きっと不服そうな顔をしているのだろう。内心クスリと笑いながら、彼の機嫌取りを行った。

「あの人は委員会が同じなの、あの時も委員会の話をしてたの。」

暗闇に目が慣れてきて、徐々に彼の顔が見えてきた。見えた彼の顔はまだ不服そうで、さらに言葉を続ける。

「私が信用できない?酷いなあ、私裕二の彼女ですよ?」
「………」

うーん。もうちょいかな…
私は裕二との距離を詰め、背伸びをして顔を近づけた。

「そんなに心配なら、私を裕二しか見えないようにしてよ。」
「!」

あ、すごいびっくりしてる。普段の姿とは全然違う。可愛い、と思いたいけど、今の裕二はなんだか変なスイッチが入ってしまったみたい。やばい。
咄嗟に後ろへ下がるが、裕二も合わせて距離を詰めてくる。一歩下がっては距離を詰められ、また一歩下がればまた距離を詰められる。そんなことを繰り返しているうちに背中が壁に到達してしまった。もう逃がすまいと両手を顔の横におかれ、私の足の間に裕二の足が割り込んできたのでしゃがんでから逃げるという方法もできなくなった。

「俺しか見えなくなるようにしろって言ったのはなまえだろ?逃げるなよ。」
「あ…ゆ、裕二待っ…んっ…」

問答無用で降ってくるキス。何度も角度を変えて、触れるだけのキスからだんだん深くなっていく。唇を軽く吸われ、歯列をなぞられる。酸素を求めて口を開くと、待ってましたと言わんばかりに裕二の舌が侵入してきて私の口内を荒らしていく。初めてのことに戸惑いながらも、身体は素直に感じていて、裕二の背中に腕を回し、制服を皺がつくほど握りしめた。それに応えるように、どんどん激しくなっていくキスが苦しくって、背中を数回叩いた。

「…はぁ、なんだよ、いいところだったのに…」
「はぁ…はぁ…もう無理…はぁ、もう教室戻ろ?」
「チッ、もうそんな時間か。じゃあな、ある程度時間おいてから出ろよ。」
「あ、うん。」

さっきまでのギラついた目から一転、いつもの『ぼっちの湯神』の表情で資料室からそそくさと出て行った。

「………はぁ。」

ため息を吐いて手を胸にあてた。まだ心臓がドキドキいってる。今までは抱きしめて、軽いキスをするだけだったのに。見た目によらず独占欲が強いんだから。私だって、綿貫さんと一緒にいるところを見かけると、ちょっと妬いちゃうんだよ。お弁当も並んで食べてるし。偶々だけど…
私はそのまましゃがみ込み、唇をふにふにと触りながらカーテンの隙間からこぼれる日差しを眺めた。

「もうちょっと、この余韻に浸ってたいな…」

タイミングを図ったように、チャイムが鳴った。


    
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