短編 | ナノ
踏み出せなかった一歩が憎い


俺には想いを寄せてる人がいる。それは、部活の先輩。あ、男じゃねえよ?マネージャーの女の先輩だ。一目ぼれだった。あの人から『頑張れ』と言われると、キツイ練習にも耐えられたし、微笑まれるたびに『好きだ』と思うのだ。
でも、この恋は一方通行。追いかけても追いかけても、一向に距離は縮まらない。俺が必死に呼びかけても、先輩は振り向きもせず前へ前へと歩いていく。こんなに頑張っているのに、あなたに触れることができない。名前を呼んで、腕をつかんで、呼び止めることすら、叶わない。
ある日、廊下を歩いていると見知った横顔を見つけた。

「みょうじせんぱーい!」
「あれ、高尾くん。部活以外で会うのは久しぶりだね。」
「そっすね。先輩はなにし、て…」
「ん?どうした?」

なんで、オマエがこの人と一緒に?

「真ちゃん。」
「む、高尾か。こんなところで何をしているのだよ。」
「真ちゃんこそ。」

そうだよ、なんでここにいるんだ。なんでオマエが先輩と一緒にいるんだ。それにその手に持ってるのは、先輩のヘアピンじゃないか。なんで、なんで…

「今日のラッキーアイテムは『蝶々のついたヘアピン』なのだよ。あいにく俺はそんなもの持っていないのでな、なまえ先輩に借りていたところなのだよ。」

『なまえ先輩』。俺が呼びたくても呼べない名前。それを緑間はいともたやすく呼ぶ。なんでも中学が同じで部活まで一緒だったとか。なんだよそれ、羨ましすぎるだろ。

「真太郎のことだから、これくらい持ってるかと思ってた。」
「そんな趣味の悪いヘアピンなど持っていないのだよ。」
「あ、何それひどい!」
「一般論です。」

俺は頭を打ったかのような錯覚を覚えた。2人の会話なんて聞こえてこなくて、ただ『真太郎』というワードが頭に響く。これが同中の特権ってやつかよ。
先輩との距離が、また遠くなった気がした。

(駄目だ。)

ここにいてはいけない。これ以上ここにいたら、俺の中の醜い何かが先輩を傷つけそうで、俺はその場を静かに去った。
それからというもの、先輩と緑間が一話しているところをよく見かけるようになった。一度意識してしまったら、やたらと目につくってもんだから、いやになっちまう。そして意識は疑念に変化していく。

(あの2人、もしかしてもう付き合ってるんじゃねえのか?)

そんな考えが出てきて来たら、もうそうにしか見えない。それから俺は先輩を避けるようになった。
時間というのはあっという間に立つもので、WC準決勝に敗れ、三年は引退。そして卒業。卒業証書を受け取る先輩の姿は凛々しかったが、退場する頃には目にたくさんの涙をためて、泣くまいと唇を噛みしめていた。嗚呼、そんなに噛みしめると血が出てしまう。傷がついてしまう。
でも、俺にそんな心配をする権利はない。これは緑間の仕事だ。でも、

「宮地さん、卒業おめでとうございます。って、いやー宮地さんモテモテっすねー。全部ないじゃないですかー。」
「うるせーな轢くぞ。…女子が勢いよく引き千切って行ったんだよ。まあ別に、卒業したらもう制服なんて着ねえし、ボタンなんかあってもなくても一緒だろ。」
「うっわー。そんなセリフ一度でいいから言ってみたいわ。なー真ちゃん。」
「ふんっ、下らん。」
「…みょうじなんて逆にもらってくれーって、何人かの男子に言われてたぜ。あいつ結構もてんだな。」
「!?」

きっと宮地さんは緑間に言ったんだろうが、俺は無意識に走り出していた。今まで以上に必死になって探した。そしてついに見つけた。俺は先輩の腕をつかみ、無理やりこちらに向かせた。

「なまえ先輩!」
「っ高尾くん。」
「っはあ…はあ…」
「ど、どうしたの、そんな息切らして。」

やっと触れれた。こちらを向いた。

「っはあ…ぼ、ボタン、は…」
「あれ、見てたの?…もらってないよ。一個も。」
「そっ…すか…」

違う。こんなことを言いたいんじゃない。

「なまえ先輩。」
「なあに?」
「っ、卒業、おめでとう…ございます。」
「うん、ありがとう。最後に会えてよかった。じゃあね。」

そう微笑んで、先輩は帰って行った。俺は、先輩の姿が見えなくなるまでその後ろ姿を眺めていた。

(このヘタレっ!何で言わなかった!)

 *

「…名前で呼んでくれたから、ちょっと期待したんだけど、そんなうまい話ないよね。」

こんなことなら、私から告えばよかったのかな。そんなことを思いながら、最後の帰り道を歩いていた。


先の分からない未来におびえ、あと一歩を踏み出せなかった彼らが、変わらない気持ちで再開するときは、訪れるのだろうか。


    
back ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -