短編 | ナノ
ロマン主義な彼の愛言葉


窓枠に縁どられた景色の中には橙色の太陽が傾き、もうじき日が暮れるよと知らせてくる。これを見た私の友人は「きれいだね」と言ったけど、私には見慣れた空虚な景色。明日も、明後日も、ずっと変わらない、同じ景色なのだろう。まあ、私の気持ちの問題というのもあるのだろうが。
私は小さい頃から病気もちで、通院しながらなんとか薬の投与だけで学校に通える程度には保てていたのだが、大学1年の夏、とうとう薬だけでは耐えきれなくなって入院することになったのだ。そして今に至る。

「…暇だな。」

外を眺めるのも飽きてしまった。

「じゃあ花でも眺めてみるかい?」
「っ!辰也。あれ、私、声に出してたかな…」
「ふふっ、無意識かい?」
(その返事は肯定とみなしていいのか。恥ずかしい…)

彼は私の恋人の氷室辰也。高3の時に何度も告白され、折れた私はめでたく彼と付き合うことに。彼がとる大胆でやけに大人びた言動には日々驚かされたし、主に一つ下の紫原くん絡みで子供っぽく嫉妬していたのが懐かしくて、彼にばれないように頬を緩めた。

「…てかなにこの花。もっとこう、華のあるさ…」
「ふふっ」
「笑うな。」
「ごめんごめん。でも、ほんとは切り花はもって来たくなかったんだけど、鉢植えは縁起が悪いから…」
「は、何で…」

私の質問に、彼は冷たい目をして答えた。

「俺、切り花って嫌いなんだ。根から切り離されたくせに、綺麗なところだけ見られてちやほやされるなんて、虫が良すぎるにもほどがある。まるで幽霊だ。」
「っ!」

辰也の言葉に息がつまる。今は大丈夫だが、私の病状はいつ悪化してもしてもおかしくないのだ。手術をすれば助かるが、成功する確率は半分にも満たない。そして辰也の言葉。
私の中を不安と恐怖で埋め尽くすには、十分すぎる材料だ。

「ど、どうしたんだい!?俺何かしたかな。ごめん、謝るから…泣かないでほしい。」
「え…」

私の頬に触れた辰也の指には水滴がついていた。困った風な彼の微笑みに、私の中の何かがぷつんと音を立てて切れ、今まで溜め込んだ涙や不安が一気に溢れ出した。

「ねえ…私は、辰也に…とって…な、に?」
「え?」
「病気もちで、いつ、死ぬ…のかも、わかっないし…うっ…辰也は、かっこいい…から…私なんか、置いて…かれそうで…私っ…!」

その先の言葉は、辰也の唇によって阻止された。軽く触れるだけの優しいそれは、私にとっては久しぶりで、それだけで心が満たされていくのが感じられる。

「ごめん、気づいてあげられなくて…でも、なまえのそれは杞憂だよ。その花、知ってる?」

そう言って辰也が指差したのは、今日辰也が持ってきた花。

「…さあ。」
「千日紅。花言葉は――『色褪せぬ愛』だよ。」
「……饒舌だなあ。」
「ねえ、手術、してよ。君と一緒に行きたいところがたくさんあるんだ。だから、ね?」

私の手を優しく包み込み、先ほどしたキスよりも優しい笑顔を向けてこられれば、

「…うん。」

としか、返せなくなってしまうじゃないか。本当に、辰也にはかなわない。

「俺、手術が成功するって、信じて待ってるから。」

全くこの男は、どこまでロマンチストかませば気が済むのだろうか。高校のときより磨きがかかっているのではないか。でも、悪い気がしない私もたいがいロマン主義なんだろう。
窓の外の景色が、いつもよりきれいに見えた。

(でも、たまにはあなたの口から聞きたいな。)
(手術が成功したら、酔いしれるほどささやいてあげる。)


    
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