花火大会は恋人たちの巣窟
『一緒に花火大会行かねえか?』
突然桃城くんからかかってきた電話で、突然こんなことを言われた。この近辺の花火大会というと、今週末にある小規模の花火大会のことだろう。誘ってくれたのはとても嬉しい。嬉しいけれど…
「ごめん、その日は友達と約束してるの。」
『あ〜そうか…なら仕方ねえな…仕方ねえよ…』
「ほんとごめん…」
『謝んなって!先約がいるなら仕方ねえよ。じゃあ次会うのは始業式だな。』
「うん。桃城くんは全国大会頑張ってね!目指せ二連覇!」
『おう!任せとけ!もう切るな、おやすみ。』
「おやすみ。」
プツリ
電話が切れたことを確認した私は携帯をベットに放り投げ、自らの身も放り投げ、足をバタバタとさせた。
「もー!みんなのバカ!誘ってくれるタイミングが早いよ!もう!」
「なまえうるさいわよ!今何時だと思ってるの!?」
「…………」
なんで私、こんなに悔しがってるんだろう。別に私と桃城くんはただの友達だし、付き合ってるわけじゃないんだから……
「……桃城くんって、彼女いるのかな。いやいや、いたら私なんか誘わないか。…あー……明日はみんなと遊ぶ約束あるし…寝るか…」
ぐだぐだ悩んでいても仕方がない。私は枕に顔を押し付けて半ばふて寝状態で眠り、朝を迎え遊びに出かけた。
「聞いてよ!」
「……なによいきなり。」
「美鈴ったら!『彼氏ができたから花火大会いけなーい』って言ってきたんだよ!?」
「へー、おめでたいじゃないか。」
「めでたくない!なまえ、尾行するわよ。」
「…やめなよ趣味悪い…」
せっかく2人きりの花火大会なのに、横槍を入れるのは可哀想だし、私の良心が許さなかった。
「なによつれないわね。あーあ、私も彼氏と花火大会行きたいなー。」
「一緒に行く彼氏なんていないでしょ。」
「…いたら今頃なまえと一緒になんかいないわよ。せめて誰かに誘われたかったなー。」
「私は誘われたよ。」
「私にでしょ?そういう冗談今いらな」
「桃城くんに。」
「………」
私の口から思いがけない名前がでたことでしばらく硬直する友人こと由紀ちゃんの目はなぜか血走っていた。
「昨日桃城くんから電話かかってきてさ、花火大会誘われたけど由紀ちゃんたちと先に約束してたから断ったの。」
「ごめんいろいろとツッコませて。」
「?」
「なんで桃城くんのケー番知ってんの!?てかそもそも知り合ったキッカケは!?つーかなんであの桃城くんからのお誘いを断るの!?バカなの死ぬの!?」
さっきまで黙っていたくせにいきなりいつものごとくマシンガントークが始まり、その温度差に今度はこちらが硬直してしまった。
「今すぐ桃城くんに電話しろ。」
「え、なんで。」
「電話、早く。」
「はい…」
なんでこんなに怒っているのかは分からないけれど、とにかく由紀ちゃんがとてつもなく怖かったから渋々携帯を取り出しアドレス帳から桃城くんの名前を選択し、困惑したまま電話をかけた。数回のコールのあと、慌てたような桃城くんの声が聞こえた。
『も、もしもし!?みょうじ!?どうしたんだ!?お前からかけてくるなんて番号交換した時以来じゃねえか。』
「あ、うん…ええっと。」
いきなり捲し立てるような口調の桃城くんにたじろぎ、電話を切りたいという欲に駆られるが、横目で見た由紀ちゃんが小声で「花火大会に誘え。」と命令してきて私の頭は真っ白。なんとか会話を繋げようと絞りでた言葉は「花火大会」の四文字であった。
『はあ?花火大会?花火大会がどうしたんだよ。』
「あ、えっと…一緒に行きたいんだけど、もう他の人誘っちゃった?」
『……………』
「も、桃城くん…?」
いきなり電話して昨日断ったことをぶり返すようなことをしてしまって悪いとは思っているが、急に黙られるとこちらとしても困ってしまう。
『お前…先約があるって…』
「え!?ああ、うん。急に行けないって言われちゃって…」
『そう…か…そうだったんだな!いいぜ、一緒に行こう。』
「うん、ありがとう。」
『じゃあ夕方の6時に駅前の公園集合な。』
「分かった。ほんと急にごめんね。」
『いいって!つーかもともとは俺から誘ってたんだしよ!』
「ふふっ、そうだった。じゃあもう切るね、バイバイ。」
『おう、じゃあな。』
こちらから電話を切り、先程とは打って変わって嬉しそうな由紀ちゃんを見る。嫌な予感しかしない。
「何時にどこ集合?」
「……教えない。」
「えー!?教えてよー!」
「ヤダね、絶対に教えない。」
「教えろ。」
「…………」
「あ、逃げただと!?」
教えてしまえば尾行されるのがオチ。由紀ちゃんお得意の威圧に負ける前に逃げた。逃げるが勝ちってね。
*
花火大会当日、私は30分も早く集合場所に着いてしまった。今の私は浴衣を着て髪型もバッチリキメていて、どれだけ気合を入れてるんだといきなり恥ずかしくなってきた。もしかしたら、いや、もしかしなくても桃城くんは洋服で来るに決まってる。しかも今になって思ったけれど、桃城くんは「一緒に」とは言ったけど「2人で」なんて一言も言っていない。もし他にも人が来たら完全に「こいつ気合入りすぎじゃね?」って思われるに違いない。どうしよう、全力で帰りたい。
「みょうじ?」
「違います。」
「やっぱりみょうじじゃねえか。いつもと格好も髪型も違うから一瞬声かけようか迷っちまったぜ。」
「は、ははは……桃城くんはいつも通りだね。」
「まあな、甚兵衛くらいは着てこようかと思ったんだが、去年のやつが小さくてよ。」
「そうなんだ…」
去年の甚兵衛が着れないって、運動部の成長期は凄まじいな。確かに去年よりも大きくなっている。私も伸びてるけど、それでも身長差が開いているのは一目瞭然だった。それにしても、やっぱり2人で行くのか。
「やっぱり花火大会といえば浴衣だよな。それ自分で着たのか?」
「まあね、毎年着て行くから。桃城くんは浴衣持ってないの?」
「持ってはいるんだが…着方が分かんなくてよ…」
「えー、桃城くんの浴衣姿見たかったな。似合いそう。」
「そうか?でもみょうじも十分似合ってんじゃねえか。可愛いぜ。」
「っ…そ、そう…かな…。それよりさ、早く行こ?…花火始まる前に出店寄りたいし…」
またしても歯の浮くようなセリフを軽々と言ってくれるものだから、心臓に悪い。少しでも照れを隠すため、本来の目的である会場に向かった。去年とあまり変わらない出店の通りを歩いていると、周りには恋人たちがたくさんいて、私たちもそう思われているのではないかと思うと恥ずかしくなり、俯きがちで歩いていたら少し人混みにもまれて桃城くんを見失ってしまった。
「あ、あれ?桃城くん?桃っ、うわっ!?」
下駄を履いているせいでバランスが取れなくなり、追い打ちをかけるかのごとくすれ違いざまに誰かの肩がぶつかった。
やばいこける。
そう確信を得たとき、誰かに腕を掴まれ引っ張られた。
「大丈夫ですか?……って、みょうじ?」
「あれ、みょうじじゃん。」
「誰?」
「さあ…」
「え?あ、海堂くん。それに荒井も。」
なんと助けてくれた人は海堂くんで、一緒にいたのは荒井と他2名。確かテニス部で見かけたレギュラーの人。ていうか海堂くん浴衣なんだけど。超似合う。
「え、なにお前、そんな格好してんのに1人?友達作れよ。」
「…はぐれただけだし。友達いるし。」
喉で笑いながら話しかけてくる荒井をひと睨みしたあと、周りを見渡すが桃城くんの姿は見当たらなかった。
「はぐれたって、誰とだよ。」
「え?あぁ…えっとね、桃」
「あ、いた!みょうじ!」
「あ、桃城くん。」
「あぁ!?桃城!?」
「やべ、海堂…それにみんなも…」
私を見つけてくれた桃城くんは隣にいた海堂くんたちを見るなり顔を引きつらせた。一体どうしたのだろう。
「桃城テメェ、勝手に誘って勝手に断りやがって…こういうことだったのかよ。無理やり連れてこられた俺の身にもなりやがれ。」
「え?」
「いや、これはだな…」
「そうだぞ桃、誘ってきた次の日に断るから何事かと思えば…」
「みょうじ逃げるぞ。」
「え?うわっ!?」
「あっ!桃!」
逃げるぞ、と言った桃城くんは、私の腕を掴み走り出した。私一応浴衣着て下駄も履いてるんだけど、そんなのお構いなしで突っ走る桃城くんに合わせて走るのはキツい。今だって何度もこけそうになりながら走ってる。
「あ…わっ!?」
「おおっと、すまねえ!走り過ぎた。」
案の定つまづいてしまったが、今度は桃城くんが支えてくれた。運動部の瞬発力ってすごいなあ…。それより、
「…誘ったのに断ったって、どういうこと?」
先ほどの会話から察するに、海堂くんたちとの約束を断ってわざわざ私と来たということ、だと思う。もしそうならみんなに申し訳なさすぎる。別に責めるつもりはなかったけど、桃城くんはバツが悪そうに目をそらした。
「いや……あ、もう直ぐ花火始まりそうだな、もうちょい河原の方へ行くか。」
「はぐらかさないの。」
「……お前と行きたかったんだよ。どうしてもよ。」
「…………」
「…みょうじ、お前さ、なんでもう一回俺の…」
桃城くんの言葉は、花火によってかき消された。私からすれば丁度良いタイミングだったら。もう少し遅かったら、桃城くんの熱っぽい視線にこちらまで浮かされそうで、鼓動が早くなる。
「花火……始まったよ。」
「みょうじ、」
「わぁ…あれすごい!綺麗…」
「みょうじ!」
「ぅあっ……」
話を逸らそうと花火の方に体を向けたが、両肩を掴まれもう一度桃城くんの方に向かされた。少し痛みを感じる。こちらに向けられている桃城くんの視線が先ほどよりも熱くなっている気がして、こちらにも熱が移ったような錯覚を起こす。
「桃城くん、花火見ようよ…」
「みょうじ、俺は…」
「見ないともったいないよ?ほら、」
「お前が好きなんだよ。」
「っ…………」
桃城くんの言葉に胸が締め付けられて、頭が真っ白になる。そして、突然桃城くんの気持ちをぶつけられうまく声を発することができず放心していた私を、桃城くんはきつく抱きしめた。
花火の音なんて、聞こえてくるはずもなかった。