織姫と彦星が会えるとかいう

バレンタインの一件から、桃城くんとはちょくちょく連絡する仲になった。と言っても、メールの内容は昨日のテレビがどうだとか、部活のことだとか、なんてことない日常会話。それ以外は何も変わらず。唯一変わったとするのなら、3年に進級してクラスが変わったことくらいだ。残念ながら桃城くんとは同じクラスになれず、代わりに再び海堂くんと同じクラスになった。よろしくと握手を求めたが、相変わらず「フシュー…」とだけ言って無視されてしまった。悲しい。でもそれくらいでへこたれてたら桃城くんに笑われちゃうな。そんなことを考えつつ、いつも通りの生活を送り続けて現在7月。世間では七夕の話題で盛り上がっている。今年は晴れるのかどうか、短冊には何を書こう。そんな話ばかり耳にして、テストも近いというのに呑気なものだと思いながら、実は私の少し浮かれていたりと、なかなか身の締まらない、まるで今日の天気のような気分で日誌を書いていた。

「なんなら今のモノローグを書いてやろうか…なんてね。」

そんな私の独り言も虚しく消え、窓の外をちらりと見た。3年の教室からは、テニスコートがよく見えるから部活のない日はほとんどここで練習風景を眺めている。

「あ、桃城くんだ。」

私の目に映ったのは同じクラスの荒井に何かを注意していると思われる桃城くんの姿だった。

「ふっ、何やらかしたのよ荒井は…。はぁ…なんか2人とも遠い存在に見えちゃうな…」

レギュラーのみが着られると言われるあの青いジャージを身にまとった2人は、別世界の人間のように思えて仕方がなかった。

「せめて目が合ったらな……おーい、なんてね。ははっ、アホみてえ。」

窓も閉まった状態でなんともバカバカしいことをした私は、何気なく周りを見渡してから再びテニスコートへ視線を戻した時、

「あ、やっぱりみょうじだ。おーい!」
「うわ、よりによって荒井かよ。もう桃城くんいないし。」
「なに嫌そうな顔してんだよ!窓開けろよ!」

かろうじて聞こえた言葉に渋々従い窓を開けた。初夏の風が頬をなでるように入ってきて心地いい。

「なに!?部活戻りなよー!」
「お前こそ部活しろー!」
「私は今日休みなのー!」
「じゃあこっち来いよー!」
「はあ!?意味わかんない!」
「おい荒井!さっさと部活に戻れ!外周させられてえのか!」
「やべ、ワリィ海堂!…てめえのせいだかんな!?覚えてろよ!」

古典的で理不尽な捨て台詞を吐いて部活に戻った荒井。正直笑いが止まらない。実際お腹を抱えて笑った。

「ほんっとに馬鹿だよねー荒井は…。はぁ…さっさと日誌書いて帰ろ。」
「え?もう帰っちまうのか?」
「当たり前じゃん。他にここに残る理由ない……って、あれ?桃城くん!?ぶ、部活は!?」
「へへっ、副部長の職権乱用ってやつだ。」

いつもの調子づいた声音でそう言ってのけた桃城くんは、教室のドアから自然な流れで私の前の椅子に腰かけた。

「部活は?」
「え、今日は休み……文化部だからわりかし休みは多いよ。」
「じゃあテニス部見てけよ。」
「…桃城くんも荒井と同じこと言うのね。」
「そうなのか?まあいいじゃねえか。決まりな、帰りは送ってってやるから心配すんな!」
「そういうことじゃ…」
「ほら、早く行こうぜ。じゃねえと俺が海堂に叱られちまう。」

なんとまあ自分勝手な理由で次々と物事を決めていく暴君っぷりに呆れつつも、心の奥では満更でもないと思っている自分に驚きながら、引っ張られるまま足を進めた。

「わ…すごい…」

連れてこられたコートには、教室からでは見きれなかった部員の数や熱気に思わず圧倒されてしまった。

「お、なんだよみょうじ。結局来たんじゃねえか。」
「…うるさいなー。部活戻んなよ。」
「バーカ。休憩中だよ。」

そう言って私の隣に腰かけた荒井はボトル取れだのタオル取れだの、マネージャーでもない私をこき使ってきた。腹が立ったので「堀尾」と書かれた異様なオーラがただようボトルを渡してやったら飲んだ後なぜかどこかへ走り去ってしまった。

「はっ、ざまあ。」
「楽しそうだな。」
「あ、海堂くん。お邪魔してまーす。」
「…ふんっ、勝手に動くんじゃねえぞ。」
「分かってるよそれくらい。もー、海堂くんは心配性だなー。流石部長。よっ!部長!」
「うるせえ!」
「ははははっ」
「……チッ」

舌打ちされちゃった…照れ屋さんめ。

そんな感じで知り合いと軽い会話を交えながら見学は続き、あっという間にその時間も過ぎていった。

「待たせたな、みょうじ。」
「お疲れ様、桃城くん。」
「じゃ、帰ろうぜ。」
「うん。」

7月ということもあって、空はまだ明るいものの、チラチラと星が出てきていた。そんな空を見ていたら、当然話す内容も決まってくる。

「今年は晴れてよかったね。」
「お?あぁ…そういえば今日は七夕だったな。」
「うん。去年はまさかの台風直撃だったからね、今年は晴れて良かったよ。」
「お前も七夕とか、気にするタイプなんだ。」
「まあね。」

ふーん、と、あまり興味のなさそうな桃城くんに内心苦笑いをした。ここで会話が途切れるのもまずいと思い、桃城くんの興味とか関係なく話を続けた。

「ねえ知ってる?地球からベガまで25光年もするんだよ。アルタイルですら16光年。」
「は、はあ?」
「つまりね、短冊に書いた願いが彦星様に届くまで16年かかるってこと。だがら願いが叶うのに最短でも32年もかかってしまうの。」
「…へえ。」
「…桃城くんは、こういうの興味ない?」
「あー…まあ、そうだな。俺って大体テニスか食べることしか考えてねえからな。そもそもアルタ…なんとかってやつも分かんねえし。」
「………ねえ、桃城くん。」
「お?どうした?」
「星、見てから帰らない?」


「へえ、東京でもこんなに星が見えるところなんてあったんだな。」
「へへっ、穴場なんだ。」

学校から少し離れた小高い丘に丘に着く頃には、陽は落ちて満点とは言えないけれど、それなりに星の見える時間帯となっていた。近くのベンチに腰掛けて、2人で夜空を見つめた。

「ほら、あれがアルタイル。彦星様のいるわし座。」
「わ、わし?」
「ふふっ、見えないでしょ。あの星とあの星と…」
「いやいや、言われてもわっかんねえよ。」
「分かるよ〜。ほらあの星!明るい星だよ。」
「どれだ?星はみんな明るいだろ。」

いくら説明しても分かってくれそうにない桃城くんに痺れを切らし、つい桃城くんの腕を思い切り引っ張ってしまった。

「ほら!あれ!私の指先!分かるでしょ!?あれがアルタイル、あれを交点に十字の星座がわし座。」
「お、おう…分かったから……ちっ近えよ…」
「え、あ……ごめん!」

よく考えてみればこんな暗がりで男女が2人きりでこんなこと……いやいや、そもそも桃城くんは友達だし…

「そ、そろそろ帰るか?もう暗いし、家の前まで送ってくからさ。」
「う、うん!そうだね!帰ろう…うん、帰ろう…」

その後は全くの無言。お互い少し俯きがちで、ひたすら沈黙を貫い通した。やがて私の住宅が見えて小走りで桃城くんのそばを駆け抜けた。

「今日はありがとう!それからごめんね、私の予定につき合わせちゃって。」
「いや、全然構わねえぜ。それより親御さんは大丈夫なのかよ。」
「全然問題なし!成績さえ良ければ基本小言とか言ってこないから大丈夫だよ。わざわざありがとね。」
「いいってこよ。」
「ふふっ、じゃあまた明日。会えれば。」
「ああ、また明日。会えればな。」

別れの言葉を交わした後は普段通り玄関の敷居をまたぎ、普段通りの声音で自分の帰宅を母に知らせた。扉を閉める際に覗いた先には、もう桃城くんの姿はなかった。





「ーーてことがあったんだけどさ、桃城くん怒ってなかった?」
「知らねえ。つーか、なんで俺のところに来るんだよ。」
「だから、桃城くんと海堂くんが仲良しだからって前も話したじゃん。」
「仲良くねえ!」
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