いつかのバレンタイン

今日は女の子の一大イベント、女子も男子も、みんなが浮き足立っている。あるところでは恋が実り、あるところでは悲しみの涙を浮かべる子も。そんな中、私は浮いた話も意中の人も何もない。ただ「みんなにお菓子をあげる日」として、この浮ついた空気の中に身を投げていた。

「ハッピーバレンタイン!どれでも好きなものをどうぞ!」
「あ、フォーチュンクッキー?かわいいー!」
「なまえー、私にも頂戴!」
「クラス全員の分あるから、みんなひとつずつ取ってってね。」
「え!?じゃあ俺も貰っていいのか!?」
「もちろん!1人一個ね。」

次々と手元からなくなっていくお菓子たち。あっという間になくなった、と思いきやどうやら1人貰ってない人がいたみたいで、ポツンとひとつだけ余ってしまった。

「海堂くん。」
「あぁ?なんだよ。」
「はい、海堂くんの分。貰ってないでしょ?」
「いらねえ。」
「……そ、そっか。ごめんね。」
「…フシュー…」

すごい睨まれてしまった。そんなにいらなかったのかな、今回のお菓子自信作だったんだけど、海堂くん、お弁当は毎回和食だし、洋菓子は好きじゃなかったのかな。そんなことを考えながら時間は過ぎ、部活を終えて外を出ると、花壇の前でうずくまっている男子生徒を見つけた。

「ど、どうしましたか!?大丈夫ですか!?」
「え!?あ、ああ…大丈夫だ。悪りぃな、ちと腹が減ってたもんでよ。この花食べれっかなーって眺めてたんだ。」

そう言ってヘラヘラ笑っている男子は、テニス部の桃城くんだった。これがファーストコンタクトなのだが、なんというか、桃城くんらしいなと思ってしまった。

「近くのファストフード店で食べてるのよく見かけるけど、今日は行かないの?」
「……財布忘れちまって…」
「あー…」

なんと。食べ盛りの運動部にはさぞキツかろう。お金を貸してあげたいのはやまやまだけど、なんとなく、そのお金は一生返ってこないような気がして口をつぐんだ。でも、やっぱり可哀想だから鞄から財布を出そうした時、私の目にあるものが入り込んだ。

「そんな桃城くんに良いものをあげる。」
「え、まさか!」
「そう、そのまさか。バレンタインのお菓子、ひとつだけ余っちゃったの。こんな小さいお菓子ひとつじゃお腹は満たされないと思うけど、無いよりはマシでしょ?」
「おお!サンキュー!やったぜ!」

そんなに喜んでくれるなんて、海堂くんには悪いけど、受け取ってくれなくてよかったな。

「ついでにこれもあげるよ。」
「え、でも良いのか?それ、お前が貰ったやつだろ?」
「いいの、ただの友チョコだし。」

桃城くんの目はお菓子に釘付けだしね。

「いやー悪りぃな。初対面の人間にここまでしてくれるなんて、お前良いやつだな!せめてもの礼に送ってってやるよ。」
「…ありがと。」
「いいっていいって。ちょっと待ってな、自転車取ってくっからよ。」

足早に駆けていった桃城くんを見ながら、元気だなーと思いながらぼんやり夕日を見ていた。しばらくすると、チェーンが回る音が聞こえ、振り向くと少し汗をにじませた桃城くんがいた。

「待たせたな、行こうぜ。」
「あ、うん…」

不覚にも、そんな姿にときめいてしまったのは、きっと夕日のせいだ。

帰り道、あまり長くも続かない会話をしながら歩いていた。

「あ、そうだ忘れてた。お前名前なんて言うんだ?」
「あーそうだったね。私、みょうじなまえ。2年7組だよ。」
「みょうじか、ここで関わったのも何かの縁だし、連絡先交換しとこうぜ。」
「え、あ……うん。いいよ。」

随分と踏み込んでくるな、と思った。男子にそこまで耐性がなかった私は、並んで帰ることすら緊張してしまうのに、連絡先を聞かれるなんて。突然のことで驚き、携帯をもたつきながら鞄から出すとヒョイと取られてしまった。

「あっ!」
「…………っと、登録完了!返すよ。」
「うん…」
「お前の携帯にしか登録してないから、帰ったら電話とメール、よろしくな。」
「ぅえ、う、うん。分かった。あ、もうこの辺でいいよ。」
「お、そうか?じゃあまた……あ、みょうじ。」
「ん?わっ、なっなに!?」

急に名前を呼ばれたと同時に桃城くんは私の頭に手を伸ばした。驚きのあまり後ずされば、彼は苦笑いで私の腕を掴んで引き寄せた。

「髪にゴミが付いてんの、取ってやるだけだよ。」
「あ、ありがと…」

大人しく待ってはいるものの、距離の近さに顔に熱が集まっていくのが分かる。恥ずかしい。

「ん、取れた。」
「ごめんね、ありがとう。」
「いいってこれくらい。てか、お前の髪サラサラで柔らけえのな。」
「!?」

そう言って桃城くんは私の髪を梳かし始めた。彼の骨ばった手が私の頭を撫で、そのまま彼の指に私の髪が絡め取られていく。以前笑顔のままの桃城くんを凝視していると、視線に気づいた桃城くんは私を見て吹き出した。

「ぶはっ!お前……顔真っ赤…」
「え!?」
「はははっ、可愛いな、みょうじって。んじゃ、またな!」
「うん、また………て、え!?今なんて…」

私の声は届かぬまま、桃城くんは颯爽と去っていっしまった。

「………天然たらしめ…」

そしてまたこの声も、浮ついた夕日の中へ溶けていった。




「ーーてことがあったんだけど、桃城くんっていつもあんな感じなの?」
「………なんで俺に聞くんだよ。」
「だって海堂くん、桃城くんと仲良いんでしょ?」
「仲良くねえ!!」
「ねえ、桃城くんが普通にかっこよすぎて困るんだけど。」
「話を聞け!」

どうしたら良いのかは、まだ分からない。
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