vs不動峰
「ここまでサックサクだな、楽勝〜」
「おい、油断は禁物だぞ。あの柿ノ木中がストレート負けしたチームなんだからな。」
「いや私柿ノ木中の強さとか知らんし、不動峰がどれくらい強いとかも。」
「お前乾先輩と一緒に偵察行ったんじゃねえのかよ。」
「凄いなあと思いました。」
「小並感……」
「荒井さぁ、私がいつテニス部に入部したか覚えてる?」
「2月末。」
「つまりはそういうことだよ。」
「納得したわ。」
「みょうじ、いつまで話している。もうすぐ試合が始まる、早くベンチに来い。」
「はぁい!今行きまぁす!んふっ、手塚部長に呼ばれちゃった〜」
「バカ、怒られてんだよ。」

知ってるし、と荒井に冷たい視線を送ったあと、私は足速にベンチへと向かった。さっきまでの空気とは一変し、レギュラーの人たちからピリリとした空気を感じ取った私は、真面目にスコアボードや救急箱の準備をした。

「じゃあ、行ってくるよ。」
「頑張ってください、不二センパイ、河村センパイ!」

私はこの試合を甘く見すぎていたようだ。今までのようにストレート勝ちをすると思っていた私の目の前では、ランキング戦でも見たことがないような死闘が繰り広げられていた。私が呆気に取られている間に河村センパイは手を負傷し、D2は危険負けをしていた。

「河村センパイ!今すぐアイシングしますからこっちに来てください!」
「あぁ、悪いね。」
「大丈夫…なワケないっすよね。すいません、すぐ応急処置済ませますね。」
「みょうじ、応急処置が済んだら病院に付き添ってやりな。」
「はい、分かりました。」
「………」

覚えたてで不安ではあったが、なんとか手首を固定しフェンスから出た。病院の方面に足を進め始めると、静かに荒井が河村センパイの隣に並んだ。驚きでしばらく荒井を見つめていると、なぜかバツの悪そうな顔をした。

「お前だけじゃ頼りねえ。」
「私何も言ってないんだけど。」
「うるせえよ…」
「…俺を挟んでのケンカはよしてくれよ、穏便にいこう?」
「す、すみません!ていうか、大丈夫ですか?病院まで歩けそうですか?」
「みょうじ…別に足を怪我したわけじゃないから大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。」
「っ……だ、ぅぐ…」
「…?」

危な、もう少しで抱いてくれと言ってしまいそうだった。バブみがやばかった。河村センパイ、今までノーマークだったこともあり不意打ちすぎだ、ダークホースだ。

無事病院まで送り診察に立ち会おうとしたのだが、私があまりにも不安そうな顔をしていたのだろう。1人で大丈夫だと言って荒井を私の傍に残した。河村センパイが診察を受けている間、待合室の長いすに肩を並べて待っていた。

「俺はてっきり、お前はコートに残るんだと思ってた。」
「……なんで。」
「そりゃ…まあ、手塚部長がいるから。」
「ぁ……あぁ、そうだよね、別に付き添うのは私じゃなくてもよかったもんね。そっか…何でだろう。」
「みょうじ…?」

ただ目の前で起きた事態が私のキャパを超えたから、過度に焦ってしまったからなのかもしれない。センパイが怪我をして初めて緊張感を持ったのかもしれない。

「私はマネージャーだから…」
「は?」
「私はマネージャーだから、ちゃんとみんなを支えなくちゃいけないんだ。私が…」
「みょうじ…」
「バカだ…今まで私は何のために…」
「みょうじ!」
「………」

うわ言を呟く私の手を、荒井は強く握った。褐色の肌から伝わってくる体温はとても温かくて、次第に呼吸も落ち着いていった。

「なに柄にもなく気負ってんだよ。お前は『あ〜、しくった。戻るわ。』くらいのこと言ってりゃいいんだよ。つか、そんな心配しまくって逆に河村先輩に失礼だろ。ちょっとは先輩を信じろよ。」
「………」
「ウチの先輩は、たかがフラットショット一発で 引退するわけないだろ。」
「……荒井が真面目なこと言ってんのキモいんだけど。」
「ボコすぞ。」
「あと手も離してほしい。ドキドキする。」
「離すわけねえだろ、こんなに震えてんのに。今までテキトーに部活してたバツだ。河村先輩が戻るまで我慢しろ。」
「ドキドキで壊れそう。」
「あぁ、お前はそれでいい。」
「………なにそれ。」

何となく気恥しさと気まずさが合わさって荒井から視線を外した。その視線の先には、おそらく診察が終わったのであろう河村センパイがこちらへ向かってくる姿が伺えた。

「終わったよ、待たせて悪かったね。」
「河村センパイ!手、どうでした?」
「うん、骨に異常はないみたい。しばらく安静にしてれば完治するってさ。」
「……よかった…よかったです。」
「心配してくれてありがとう、荒井もね。」
「あ、いえ…」
「ところで、俺…お邪魔だったのかな…」
「はい?……あ、」
「……そうかもしれないっすね。」
「はぁ!?つかセンパイに失礼な口叩いてんじゃねえよ。」
「はは、参ったな。」
「じゃあ戻りますか、青学の勝利を見届けに。」
「何仕切ってんだ荒井おら。あと手離せや、とっくに震え止まっとるっちゅーねん。」
「ほら、さっさと立て。」

荒井は私の手を離すどころか、そのまま無理やり長いすから立たせ指まで絡ませてきた。これは俗に言うこ、こ、こ〜〜〜?

「わっ、ちょ……テメェ病院から出たら大騒ぎしてやっかんな……」
「じゃあゆっくり歩かねえとな。」
「おいおい、早く会場に戻らないと試合終わっちゃうよ。」
「河村先輩…」
「今の発言…青学が勝つのは余裕ってことっすか。」
「流石っすね。」
「え!?ち、違うよ!もー、早く行くぞ。」
「っす。」
「はーい。」

まるでお父さんのように引率してくれる河村センパイの後をついて行き、和やかに病院を後にした。

「つーわけで、いつまで手握ってれば気が済むん…だっ!」
「あがっ!?…って〜!別にいいだろ、お前こういうの好きなんだから。」
「周りに女子がいなかったら優越感に浸れねえだろボケ!」
「こら、痴話喧嘩はよそでやってくれよ。」
「私たち付き合ってねえっす!付き合うなら河村センパイとがいいっす!」
「俺、今はテニスのことで頭いっぱいなんだ。」

普通にフラれた。

「俺でいいだろ。」
「おまっ…ほんっとに誤解招くからそういうこと言わないでって何回も言ってるよね!?」
「でもクラスの女子の前でこういうこと言われると?」
「たまらない。」
「みょうじ…お前もしかして友達いないんじゃないのか?」
「いないっすね。唯一写真部くらいっすかね。」
「いや俺も俺も。」
「あ、コートだ。早く行きましょ!」
「そうだね。」
「めっちゃ無視…」

確かにこのどミーハーでやたら行動力があるというキャラクターをだいたいの人は受け入れてはくれないけれど、私は友達と話しているよりも人前でイケメンと話している方がよっぽど楽しいので嫌われたって痛くも痒くもありません。

コートへ戻るとS2の試合の途中で、しばらくしないうちにまた選手の怪我を見て動揺しまくる私なのであった。試合が終わったということでまたしても荒井とともに病院に行くことはなかった。やったね。




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