「誉ちゃーん」
「名前。もう稽古は終わったの?」



星月学園を卒業して半年。我が家は由緒ある華道の家元で特に進学しようとは考えていなかった私は家を継ぐ事にした。幼馴染で家が茶道をやってる誉ちゃんは大学に通いながら茶道の方も頑張っているらしい。

稽古を終えてそのままの恰好で来た私は、道中些か注目を浴びて気まずい事この上なかった。何せ、こんな暑い中着物に重い羽織りを羽織っているんだから。



「今日はお祖母様が来る日だから、皆気合い入れて家の掃除してるよ」
「ああ。名前って昔からお祖母様の事嫌いだよね」
「嫌いじゃない。話したりするのが苦手なだけ」
「それを嫌いって言うんじゃないの?」
「あら?名前久しぶりじゃない!」



家の庭で涼んでいた誉ちゃんと立ち話をしていると縁側から環さんが声をかけてきて、せっかく家に来たんだからお茶でも飲んでいかないと誘われた。

久しぶりに環さんが点てる副が飲みたくてお言葉に甘えてお邪魔させてもらう事にした。とりあえず暑いので誉ちゃんに頼んで羽織りを掛けてもらう。きっとあれだけでも軽く一キロはあると思う。



「そういえば名前」
「はい、何ですか?」
「今日、百合お祖母様が来るんですって?」
「え…何でご存知なんですか?!」



くすっと笑い声が聞こえたから隣を見ると誉ちゃんが微かに笑っていた。環さんに言ったの誉ちゃんだな?



「こうして百合お祖母様が来ると家に来るのがいい証拠よ」
「…あの人が来ると家の空気がピリピリするから嫌なんです」
「やっぱり嫌いなんじゃない」
「煩いよ、誉ちゃん」



華道の世界で知らない者は居ないとまで言われる程有名な百合お祖母様は、私が名字家を継ぐと分かった途端こうしてよく視察に来るようになった。ただの視察だけならいいが、掃除の仕方や花を生けて置く場所にまで口を出してくるから厄介だ。

私もまだ完全に継いだ訳ではないから何も言えないけど、一生懸命掃除をしてくれている家政婦さんに小言を言うのは止めていただきたい。



「でも名前も一家の当主になるんだから、いつまでも逃げてちゃダメよ?」
「そうだね。家に来るのはいつでも歓迎だけど」
「…ご迷惑をおかけしてすみません」
「ふて腐れないの。今お茶請けを持ってくるから、誉とお話しでもしていて」



環さんは道具を揃えると私と誉ちゃんを残して和室を出ていく。良いお茶には良いお茶請けをと言うが、金久保家のお茶請けはお店で頂く物よりも甘さ控え目で美味しいから好きだ。



「そうだ。名前、来週の土曜日は空いてる?」
「土曜日?多分空いてると思うけど、どうかした?」
「奏と詩が花火をやりたがっててね、家族でやる事になったんだけど名前も一緒にどうかな」
「花火かー。もう何年もやってないな」



はっきり言って名字家は金久保家と違ってこんなに仲良くはない。上下関係はどこよりも明確で、私にも兄は居るけどこんな風に妹を気にかけてくれる様な人じゃない。

だから家族で何かをする≠ニいう行為自体私には余り理解出来なかった。



「名前も花火、やりたいでしょ?」
「うん、やりたい!」
「じゃあ土曜日に挨拶も兼ねて家まで迎えに行くね」
「挨拶?何の?」


小さい頃から何度も金久保家に生まれたかったと思った。それ程この家の人達は暖かくて優しくて家族じゃない私にも同じ扱いをしてくれる、本当に心休まる場所だった。

その前に、挨拶って何の挨拶だろう。久しぶりに会うからその挨拶?でもつい最近誉ちゃん家に来て父様と談笑してたような気がするんだけど。



「何って…もしかして名前、聞いてないの?」
「え、何を?」
「…そっか、聞いてないんだ」
「誉ちゃん?」
「何でもない。土曜日までのお楽しみって事で」
「ちょっと!気になるんだけど!」



結局誉ちゃんはそれ以上何も言ってはくれなかった。問題の土曜日、私は顔を真っ赤にして誉ちゃんに詰め寄っているのを多くの人に目撃される事となる。





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