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「咏羽、ちょっとこっち来てや」
「何ですか?」



土曜日の午後、相談したい事があると言われ佐野さんの自宅へとやって来た。こうして呼ばれるのも最初は躊躇ったが今じゃ普通に行き来している。

そして毎回来て思うのはシンプルすぎる部屋だという事。佐野さんの部屋には本当に必要最低限の物しか置いていない。たくさんのカメラと手入れ道具、後は生活に必要なベッドやテレビだけ。



「お前、俺の作る写真集に出る気ないか?」
「…佐野さんの写真集に?」
「そ、梓と一緒に」
「何でまた…」



見せてきたプリントの内容は写真集を作るにあたっての軽い説明だった。誘ってくれているのは勿論嬉しいし有り難い。佐野さんは有名なカメラマンだから写真集に載ればそれなりに知名度は上がる。

でも既に他の写真集の撮影予定が入っているから、今の私には佐野さんのに時間を割けそうにない。



「お前が今忙しいのはわかってる。ただ俺は梓と一緒に居る時の咏羽を撮りたいんや」
「…怜音じゃなくて?」
「せや。怜音じゃなくて咏羽自身を撮りたいねん」
「そんなの事務所が許可出す訳…」「もう許可なら取っとるよ」



一瞬言葉を失った。許可は得てるって事務所は一体何を考えてるんだ?あんな条件を出しておいて怜音としてじゃなく咏羽≠ニして撮る事を許すなんて、私を退学させたいのだろうか。



「事務所から何にも聞いとらんの?」
「何も、聞いてません…」
「やるやらないは咏羽の自由や。咏羽として出したら怜音はお前だって周囲にバレる。それが嫌やったら断ってくれて構へん」
「……少し時間を貰えますか」
「ええよ。急いでる訳やないしゆっくり考えたらええ。今日の用はそれだけや」



時間は12時過ぎでお昼ご飯でも食べていくかと言われたけどそんな気にはならなくて、断って早々に家を出た。

今までずっと仕事のスケジュールなんかはマネージャーから連絡がくるか事務所から電話がくるかで、直接仕事の依頼を受けた事は一度もない。そのせいか、柄にもなく焦ってしまっている自分が凄く情けなくなった。



「潮時…なのかな」



このままずっと隠しきれるとは思ってない。それでもせめて高校卒業まではって頑張ってきたのに、今このタイミングで咏羽としてやらないかなんて。

星月学園行きのバスが来るまであと1時間ちょっと。ベンチに座って気持ちの整理でもしようかと思ったけど、それは思わぬ人物と遭遇した事によって不可能となった。



「咏羽じゃないか。出掛けてたんだな」
「街で会うなんて久しぶりだね」
「…一樹、誉」
「浮かない顔して、何かあったのか?」
「ううん、何もないよ。それより2人は何で街に?まさかデート?」



街に来ていた一樹と誉は私と同じバスに乗って帰ろうとしていたらい。一樹は相変わらず人の気持ちの変化に敏感だ。誉もきっと気付いてる、私が悩んでるのを。



「無理に笑おうとするなんて、咏羽らしくないね」
「わ…っ、…そんなに笑えてない?僕」
「あぁ、ぎこちなさすぎて逆に変だな」
「そっか。ぎこちない、か…」



悩み事が増えると笑えなくなるって話しはよく聞いていたけど、まさか自分がそうなるとは。もういっそ、一樹達に話してしまおうか。



「……一樹、誉。今から少しいい?」
「僕は大丈夫だよ」
「俺も構わないぜ」
「じゃあ、少し歩こっか」



ベンチから立ち上がり2人の少し前を歩く。今日は凄く天気が良くて海岸沿いの風はとても気持ちが良かった。








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