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撮影を始めてもう3時間弱。最悪な事に佐野さんのスイッチが入ってしまったらしく着替えては撮っての繰り返しを長い事やっていた。

余裕そうだった木ノ瀬くんも流石に疲れてきたのか表情も暗くなってきて、佐野さんにお叱りを受けてしまう事も増えてきた。



「佐野さん、もう休憩にしましょう?このままじゃいい写真撮れませんよ」
「…せやな。したら1時間休憩にしよか」



隙を見て佐野さんに休憩を訴えると案外すんなりと聞き入れてもらえたので、木ノ瀬くんを連れて近くにあるカフェへと休憩しに行った。

佐野さんも誘ったけど、どうやら納得いく写真が1枚も無いらしく構想を練るから2人で行ってくれと言われてしまった。



「和成さん、人が変わった様でしたね」
「ね、覚悟決めといた方がいいよって言ったでしょ?」
「いつもあんな感じなんですか?」
「んー、人によってはスイッチが全く入らない事もあるよ。ダメなモデルが一緒の時はやる気が無くなるし」



カフェに着いて窓際の2人席が丁度空いていたのでそこに座る。こじんまりとして落ち着いた雰囲気が漂うこのお店はお気に入りで、撮影場所がここの時は必ず来る様にしていた。

私はいつものやつを頼むつもりでいたから、メニューは木ノ瀬くんに渡す。



「もう決めたんですか?」
「私ここ何度も来てるから、いつも頼んでるやつにするの」
「じゃあ僕は…サンドイッチと紅茶セットで」



木ノ瀬くんも頼む物を決めたので店員さんを呼んで注文をすると、笑顔でいつものですねと言って厨房へと戻っていった。

ちなみに私が頼んだのはフレンチトーストとミルクティー。この組み合わせは最高だと思う。



「で、人生初の撮影はどう?」
「案外楽しいですよ。何時間もぶっ通しでやられると疲れますけど」
「私はあれを1日中やってるからね。あの人とパートナーを組むのは大変だよ」
「和成さんとは何年の付き合いなんですか?」
「4年くらいかな?佐野さんは私が大々的にデビューする前からずっと撮ってくれてるから」



最初は上手く笑えないしポーズの仕方もわからないまま撮影が始まっちゃって佐野さんに爆笑された覚えがある。新人でもここまでできひん奴は初めてや≠チて、あの時はどうしようもなく恥ずかしくて顔を真っ赤にしたな。

でも佐野さんはその表情もいいなって言って私をそのまま撮り続けた。上手く笑えなくてもその時その時の気持ちを大事にしていれば自然と表情に現れるって、私は佐野さんに教わった。



「あの人も偶にはいい事言うんですね」
「本当、偶にね」
「普段の和成さんは母さんに小言言われてばかりですから」
「木ノ瀬くんのお母さんって、佐野さんのお姉さん?」
「そうです。あの人がお兄さんに見えますか?」



運ばれてきたサンドイッチを食べながらそう言う木ノ瀬くんは、いつもと違って年相応の柔らかい笑みを浮かべていた。学校じゃ大人びていて笑った顔なんて滅多に見ないし、これは貴重な物を見たかな。



「さて、早く食べて撮影所に戻らなきゃね」
「次は何要求されるんでしょうね」
「過激なのじゃなきゃ私は何だっていいよ…」
「ははっ、そんな事言ってると本当にそうなっちゃいますよ?」



撮影終了時間まであと6時間程度。まだまだ撮らなきゃならない服はたくさんあるし、佐野さんの無茶な要求にも如何に迅速に対応できるかで進行は変わってくるから拒否している暇はない。

どんなに無茶な要求でも、だ。








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