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「神苑先輩、今の話しって」
「もしかして、全部聞いてた?木ノ瀬くん」
僕の死角から現れたのは月子の後輩の木ノ瀬くんだった。例え聞かれてしまっていたとしても、木ノ瀬くんなら大丈夫だろう。
彼はバラしたりはしないと思う。僕がそこから立ち上がると木ノ瀬くんはこっちへゆっくり近づいてきた。
「すみません。聞くつもりはなかったんですけど」
「いいよ、こんな所で電話してた僕が悪いから。で、木ノ瀬くんはどこまで聞いたのかな?」
「佐野さん来れないんですか、辺りからです」
「最初からってことか」
僕は思わず苦笑いを零してしまう。ここに入学して2年。仕事が忙しくて休みがちになっても、一樹や誉達にはバレなかったのに、まさかこんなとこで知られちゃうとはな。
「先輩、モデルだったんですね」
「うん。怜音って知ってる?あれ、“私”なんだ」
「!」
わざと“僕”から“私”に変えてみる。元々一人称は私だったし、変えたのは少しでもバレるリスクを減らしたかったから。
“僕”なんて使ってる女の子は余り居ないし、少し冷たいイメージを持たせるのにも丁度良かったのもある。
「中学の時から誰にもバレなかったのに、こんなドジ踏むなんて」
「え、不知火先輩とか金久保先輩は知らないんですか?」
「一樹達は知らないよ。バレないよう徹底的にしてたから」
「…知られたら何か不味い事でも?」
やっぱり察しが良いな、木ノ瀬くんは。彼が言う通り、僕がモデルだとバレればかなり不味い事になる。
まずモデルという仕事をしていながら、こんな山奥の、それも全寮制の高校に通う事自体余りよろしくない。それでも僕はこの学校を選んだ。
「ここに通う時、事務所から条件を出されたんだ」
「条件?」
「3年間、僕がモデルである事を誰にも知られない事」
「…条件を守れなかった場合は」
「即退学。東京に戻って仕事漬けの日々に戻るだけよ」
仕事で何日も学校を休む事がある上に、電話だって不定期でかかってくるから、いつ誰にバレてもおかしくない。
そんな中、事務所が出してきた条件は入学する前から守れないに等しい物だった。それだけ“怜音”が全寮制の学校に通う事を、事務所は危険視していた。
「まだ僕にしかバレてないんですよね?」
「…そうだけど?」
「なら、僕が黙ってればいいだけの話しじゃないですか」
「僕がモデルだって知った以上、木ノ瀬くんに迷惑をかける事だってある。それでも君は黙っていられる?」
そう僕が問えば、木ノ瀬くんは不敵な笑みを浮かべて「当たり前じゃないですか」って、自信満々に言った。
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