甘くて優しい恋になる 宮地
高校生活初めての夏休みはバイト漬け。でもそんなの全然苦じゃなくてむしろ嬉しいくらい。来るか来ないかもわからないあの人のことを考えながら、私はバイト先のうまい堂で鼻歌まじりにケーキの並ぶショーケースを拭いていた。店の扉が開いたのはそのときだ。
「いらっしゃいま…あ。」
例の人が来店。今日は彼より背の低いパッツン前髪の男の子も一緒だ。私は急いで乱れた髪を直して、自分の中の最高の笑顔で改めて挨拶をする。
「いらっしゃいませ!」
ケーキを見つめるこの人の顔、なんて可愛らしいんだろう。口元がかなり緩んでいる。よっぽどケーキが好きなんだろうな。私は彼についてほとんど知らない。唯一知ってるのは制服で来たことがあったから星月学園の生徒だっていうこととケーキが好きだってことくらいだ。
「宮地先輩、早くしてください。」 「む…別にいいだろ。」 「だったら僕にも奢って下さいよ。」 「絶っっっ対に奢らん。」
みやじ、って言うんだ。あと先輩って呼ばれてるってことは同い年ではないってことか。
「すみません、いいですか?」 「はい、どうぞ!」
彼の注文したケーキをトレーに乗せていく。なんだか今日はいつもより量が多いな。奢らないとか言って後輩に奢るのだろうか。つ…ツンデレ?そのとき、彼の後輩であろう男の子が私に話しかけてきた。
「この人ね、インターハイに向けて部活が忙しくなるから今日たくさん食べて補給するってこんなにたくさん買ってるんですよ。」 「なっ……木ノ瀬!」
真っ赤な顔の彼とこんなにたくさんケーキを買っていく理由が可愛くて、私は思わず。
「ふふふ。よっぽどケーキが好きなんですね!いつもありがとうございます。」 「ほら、宮地先輩笑われてますよ。しかもお店の人に顔覚えられてるって…。」 「う…うるさい!余計なことを言うな!」
今なら彼と少しお近づきになれる、この上ないチャンスだ!そう思った私は、勇気を振り絞って彼に話しかける。
「でもしばらく来られないんですね。」 「あ…はい。でもインターハイおわったらまた来ますんで。」 「はい。お待ちしてますね。」
それからしばらく話し込んだ私達は彼のインターハイがおわった次の日、夏に一日十個限定のうまい堂スペシャルシュークリームをこっそり用意して待ってると約束した。
「ほら、宮地先輩帰りますよ。」 「ああ。じゃあまた。」 「ありがとうございました!」
夏休みのバイト中はたくさん彼に会えると思っていたけどそうでもないみたい。でも少しだけ仲良くなれたからいっか。そんなことを思いながら、私は店を出ようとする彼にもう一度話しかけた。
「インターハイ頑張ってください!」
振り向いた彼は返事をせずに顔を赤くして笑った。
今はまだ憧れ。でもいつかこの気持ちが恋に変わったとしたら。きっとそれは彼の大好きなケーキのように。
甘くて優しい恋になる。
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