夏の暑さのせいだ 金久保
「暑いよー。暑いよー。」 「夏だからね。」 「暑いよー。暑いよー。」 「だったら離れればいいんじゃ…」 「いーやーだー。」
夏が本格的に始まり暑い日が続いている。夏休みもすぐそこまで迫っている今日。一日の一番暑い時間に、僕は教室で名前を膝に座らせながらダベっていた。
「もうすぐ夏休みだね!」 「そうだね。」 「私ね、誉としたいことたっっっくさんあるんだ!」
名前は一度僕の膝から降りると改めて僕の方を向いて膝に座ってきた。にしても、一樹と桜士郎からの視線が痛い。
「まずね、海に行くの!これは必須!でも、プールもいいよね。あとはお祭りでしょー…」
他にも宿題を二人でやるとか流しそうめんがしたいとか広い公園に行きたいとか自転車で遠くに行きたいとか。
名前は僕の財力的なものを絶対に利用したりしないからどれも叶えてあげられるようなことばかりなんだけど。
「あと、みんな誘ってバーベキューもしたいし私の実家にも一緒に行きたいなぁ。」 「あの、名前…」 「どした?」 「僕、部活が忙しい…かも。」 「あ。」
名前と付き合い始めたのは一年生の今頃だった。だから名前は二年間、夏休みはずっと一人で僕としたいことを我慢してきたんだ。
「……そっかそっか!忘れてた!ごめんね、インターハイ頑張って!」 「うん…ごめん。」 「何で謝るのさー!」
僕の腕を叩く名前。その無理に笑った顔を見るのが辛い。名前がこの二年間どんな気持ちで夏休みを過ごしてきたか知っているから。
夏休みは僕に気を使って名前から連絡してきたことはないし寂しいなんて絶対に言わない。
「でも、なるべく時間作るから。」 「大丈夫だよ。疲れてるでしょ。高校生活最後の夏なんだから頑張ってよ。」 「名前だってそうでしょ。」 「私なんか気にしなくていいから!誉がいなくても楽しい夏を過ごせますぅ〜。」 「じゃあどうして目を合わせてくれないの?」 「……っ。」
名前が目を逸らして爪を弄るのは泣きたいときの癖だ。今だって…。僕はそんな名前の手を握って頭を撫でてあげる。
「やめて……」 「え。」 「寂しくなるからやめて。」 「………。」 「誉のお荷物になりたくないの。インターハイ頑張って欲しいの。……我慢できるから。」
目に涙をいっぱい溜めながら名前は教室を飛び出して行った。一樹と桜士郎からの視線がもっと痛くなった。哀れなものを見るような目に少しイラッとしたけど、そんなのは気にしないで名前を追いかけて教室をでる。
名前が行くところなんて大体わかる。無難に屋上庭園。ドアを開けると名前の泣き声が聞こえてきて自分が情けなくなった。
「名前。」 「なんで来るの…」 「ごめん。でもちゃんと話したいから。」 「なにを?もう話したじゃん。」 「名前が一方的にね。」 「………。」
日差しが強い。今日は気温も三十度近くまで上がると天気予報で言っていたから、今がちょうどそのくらいだろう。
そんな気温の中で僕は、自分が汗をかいてベタベタなのも気にせずに名前をぎゅっと抱き締めた。
「高校生活最後の夏なんでしょ?」 「だからインターハイ頑張ってって何度も言ってるでしょ。」 「そうだね。でもね、高校生活最後の夏だから名前とも一緒に過ごしたい。」 「………。」 「無理して時間を作るんじゃない。名前の願いを少しでも多く叶えてあげたいし、名前がしたいことは僕もしたい。」 「………。」 「名前はお荷物なんかじゃないよ。いてくれないとダメなんだ。」
肩に名前の流した涙がしみてきた。そのまま背中をポンポンと軽く叩くと、名前も僕の背中に腕をまわしてきて僕の肩で涙を拭った。
「ごめんね。」 「僕もごめん。」 「夏休み、たくさん思い出作ろうね!」 「うん、当たり前だよ。」
そのままお互い吸い寄せられるようにキスをすると涙と汗が混ざった塩辛い味がした。
そして教室に戻ると、僕は一樹と桜士郎にこっぴどく怒られたのだった。
自分がこんな柄にもない ようなことを言うのはきっと、
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