他の誰かと笑わないで 木ノ瀬
梓との浮気が彼氏にバレた。梓とは恋人同士ならすることを全てした。彼とするより先に。私の初めては全て梓に奪われて、私も嫌じゃなかった。むしろ嬉しかった。梓のことが好きだから。
そのことで彼に殴られた私は、意識を無くして三日間眠り続けたらしい。目が覚めたあとも星月先生の勧めで数日休み、今日は一週間ぶりの学校。彼とも梓ともあれ以来連絡をとっていない。幸いあの日あったことは誰にも知られていないみたいだ。
「おはよう、名前ちゃん!」
「おはよう、月子。」
「あれ?なんか目腫れてない?」
「ちょっとぶつけただけ。」
浮気をしてたことは、親友の月子にも話していなかった。一週間休み続けた私に、何度も連絡をくれた、さらに彼とのことを誰よりも応援してくれた彼女に申し訳ない。
「彼、大丈夫?」
「なにが?」
「聞いてない?梓君と殴りあいの喧嘩して停学になったの。で、梓君も停学。どうしちゃったんだろう、梓君。」
「…………え」
なんで?なんで梓はそんなこと…。私はいてもたってもいられず朝のホームルームにも出席しないで学園を飛び出した。
真っ先に向かうのは梓の部屋。寮の周りを散歩している星月先生をうまく避けて寮に入る。
「梓っ…!」
「せん、ぱい?」
「あんた何してんの!?」
「…………っ。」
私は泣きながら、俯く梓の体を揺する。せっかくの綺麗な顔に出来た痣が痛々しい。大声で怒鳴ってやりたいけど、上手く声が出ない。
「どうしてっ…」
「先輩が………好きだから。」
そう言った梓の顔は真っ直ぐ私を見据えて優しく抱き締める。いつも私をいじめるイタズラな顔でなくて。初めて見る表情。
「僕は名前先輩の事が好きです。だから大事な先輩の体に傷をつけるアイツが許せなかった。」
「あず…さ?泣いてる?」
梓の声が震えている気がした。抱き締められていて顔は見えないけど。抱き締める腕が強くなって、私は逃げる事が出来ない。男の子にしては小さい体なのに力は強くて少し痛い。
「見ないで下さい。今の僕、すごくカッコ悪いので。」
「梓はいつもかっこいいよ?」
梓の体がピクッと震えた。私は自分の気持ちを抑えきれなくて、梓の傷に触らないように抱き締め返す。
「ありがとう梓。私も梓が好きだよ。」
「…………本当に?」
「だから守ってよ、私のこと。」
「はい。」
そう言って私たちは吸い寄せられるように唇を重ねた。それが梓の切れた口に触れて痛いって言って笑いあった。
これで私たち、本当の恋人になれたんだね。
他の誰かと笑わないで
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