愛しい愛しい壊れ物 水嶋
今日は僕の家に初めて名前がきて、他愛のない話をしたあとDVDを見た。バスをわざと乗り過ごして星月学園行きのバスは残すとこあと1本。
「そろそろ行かなきゃ。」
「え…もうそんな時間か。」
名前と過ごす時間は本当に短い。午前中からいたのにもう帰さないといけないんなんて。
「郁、またね。」
「名前っ…!」
玄関から出て行こうとする彼女の腕を引っ張り鎖骨にキツく吸い付く。何度も何度も。唇を離せばそこに小さな痕が少し不恰好な首輪のように連なり、名前は顔を赤く染める。
「み…見えちゃうよ…。」
「わざとそうしたの。」
「郁ってば…。」
「星月学園には名前を狙ってる悪い虫がたくさんいるからね。僕のものってシルシをつけておかないと。」
「そんなことしなくても…。」
「他の野郎共に名前を渡したくない。」
「そんなことしなくても、私は郁しか見えてないよ。郁しか好きになれない。」
「…っ。」
顔がカッと熱くなるのを感じて名前の目を見られなくなる。今までたくさんの女に何度も言われてきたことなのに、こんなにも心臓が締め付けられるような思いをするなんて。そして僕は…
「郁…照れた?」
「見るな…」
「ふふっ、郁にもかわいいとこあるんだね。」
「…そんなこと言われたら帰したくなくなる。」
「郁?」
欲が溜まってるとかじゃなくて素直に名前を帰したくないと思った。今までの僕には考えられないこの感情。今夜は名前とどうしても一緒にいたい。僕は衝動的に名前をきつく抱き締める。
「ダメだよ。私も郁も明日は学校でしょ?」
「関係ない。どうしても帰したくない。お願い。」
端から見れば僕は駄々をこねる子供のようだろう。すると名前はそれをあやす母親のように僕の背中をポンポン、と優しく叩く。
「郁…。本当に私は郁しか好きじゃない。安心して?」
「わかってる、そんなの。」
「だったら離して…?」
「嫌だ。」
「どうしてわかってくれないの?」
こんな僕を名前は嫌うだろうか。会えない日も毎日毎日好きになっていって、どんどんかわいくなっていく名前に対して今まであった余裕がなくなっていく。欲張りになっていく。しばらく沈黙が続いた中で先に口を開いたのは名前だった。
「…あーぁ。バス行っちゃった。」
「え、」
「郁のせいで。」
パッと顔をあげると困ったように笑う名前。僕の自惚れかもしれないが少し嬉しそうだ。
「どうしようかなー。」
そんな名前に軽いキスを落として再び抱き締める。とびっきりの“ありがとう”と“愛してる”の気持ちを込めて。
「怖いことしちゃ嫌だよ?」
する訳ないだろ?僕は名前が大切で大切で仕方ないんだから。そういうことは少しずつ順を追って。
そのまま名前の手を引いてリビングへ。さぁ、ソファーに二人並んで座ったら意地悪な僕に戻ろう。
愛しい愛しい壊れ物
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