14:遠くにいる存在
「ひーまーだーぁ…」
「暇って、お前今授業中だぞ」
「えー?だってこの範囲簡単なんだもん」
「あー…葵って、頭良かったんだっけな」
意外、みたいな顔をする弥彦。私だってそんな馬鹿な訳じゃないんだよ。人並みに勉強してるんだから。
「じゃー、ここ教えてくれ!」
「んー?どこ?」
それから1時間、直ちゃん先生の授業は一切聞かずに弥彦に勉強を教えた。どうやら弥彦はマンツーマンじゃなきゃ出来ないタイプみたいで、普段からは想像つかないくらい真剣だった。
「さて、じゃあ食堂にでも−…」
「紫乃ー!!ちょっと職員室に来ーい!」
「…直ちゃん先生、ワザとかな」
「それはないだろ。ほら、行ってこいよ」
貴重な昼休みなのに呼ばれるなんて、私なにかしたっけな?直ちゃん先生のデカい声はどうやら他クラスまで聞こえてたらしく、行く先々で冷やかされた。
「ったく、直ちゃん先生め」
「んー?なんか言ったか?」
「いーえ」
職員室に入れば直ちゃん先生が笑顔で手招きをしてきた。あの姿、完全に中学生くらいなんだよねー。そんな事言ったら怒っちゃうから言わないけど。
「あー、ちょっと場所変えるか」
「え、なんで?」
「他に生徒がいると、ちょっとな」
「?」
少し分厚いファイルを手にすると、直ちゃん先生は職員室を出て近くの会議室に入って行く。私、本当になんかしたんじゃないか。
「そこに座ってくれ」
「…うん」
「そんな顔するなよ。悪い事じゃないから」
曖昧な笑顔を浮かべながらファイルを開く。いつもの直ちゃん先生じゃない。きっと、なにかある。
「あのな、フランスの学校に留学しないかって話しが出てるんだ」
「……りゅう、がく?」
「毎年1人、向こうの学校に留学してるんだが−−…」
話しを全部聞いた後、私の思考回路はストップした。留学に見合う学力を有していて、星月学園全ての先生の推薦で留学は決まる。
結果、私が今こうして呼ばれてこの説明を受けているという事は、先生方の推薦があったから。
「今すぐに決めろとは言わない。でも、よく考えて決めてくれ。これは紫乃にとって大事な選択だからな」
「……はい」
「じゃあ、もう行っていいぞ」
私が、留学?フランスに?いくら考えてもなんでそうなったのか全然わからない。私より学力ある人なんてたくさんいる筈でしょ?
…とりあえず頭整理しよう。このままじゃ教室に戻れないよ。
「………はぁ〜、」
「すんげぇ溜め息つくのな、お前」
「っ…!!」
会議室を出てすぐ哉太に会ってしまった。なんで、このタイミングで滅多に来ない場所に居るの。
「葵?」
「何でもない、私教室戻るから…」
「ちょっと待てよ」
「…離して」
「嫌だね」
「離してったら!」
「離したら、お前きっとどっかで泣くんだろ?」
いつもこうゆうのには鈍感な癖に、なんで今日に限ってこんなに鋭いのよ。
本当は泣きたいよ、今すぐにでも泣きたいくらい困惑してる自分がいる。でもそれじゃ心配かけちゃうから。
「大丈夫だから。そんな簡単に泣く奴じゃないの、哉太知ってるでしょ?」
「……どうしても辛くなったら言えよ」
「…ありがとう」
哉太はそれだけ言うと、掴んでいた私の腕を離して去って行った。ごめんね、まだ誰にも言えないんだ…。