「はい、外出届」

ごく自然に其れを手渡せば、小松田は苦笑いのような顔をして「確かに」と応えた。
その表情に込められたものは「またか」「そっか」「大変だね」、そういった意味合いだろうと池田は理解している。
しかし特に気には留めずに二歩三歩踏み出してからくるりと振り向いて、背後を神崎が付いて来ている事を確認すると、その柔らかく背丈と比べて少し大きく感じる左手を己の右手でぎゅっと握った。

池田は毎月一度、神崎を様々な場所へ連れて行く。

それでも子供の足と時間には限界があり、向かうのはいつも近場である。
暫く歩いていれば見えて来る林を一言の会話もなく抜けると、色とりどりの花々が咲き乱れる美しい花畑に出た。
どの花も陽光にぽかぽかと照らされ時折蝶々などの虫を飾り、自信たっぷりにその身を伸ばしていた。
其処に到着してやっと池田は口を開く。

「綺麗でしょう」

池田の真似をしているかの様にじっと黙っていた神崎も、それに続きにかっと歯を見せて笑って。

「ああ、すごく!」

「それなら良かった。」

手は握り締めたまま花畑に進み入っていき、まず池田がしゃがんで促すと、神崎もぺたんとその場に座り込んだ。
何処か固い雰囲気を持っていた池田の表情はほわりと緩み、手を離し、小さく鼻歌を口ずさみながら器用に花冠を作り始める。
神崎は興味深そうに辺りをきょろきょろ見回しつつも、そんな池田の様子を眺めていた。

神崎は色というものが解らない。
彼の言動に微かな違和感を覚え首を傾げていた池田に、神崎の視界は常に一色で成っているのだと、そっと教えてくれたのは富松だったか次屋だったか。
生まれつきそんな世界で暮らしている彼は物の判別が付きにくい。故、道を上手く選ぶ事が出来ず、自分の意思のみで進んでいるのだと。
ただ代わりと言うのか、嗅覚や聴覚といった視覚以外の感覚機能が常人より優れていて、忍術学園の生徒でいられるのだと。
そんな説明を受けた池田はぼんやりと、一色のみ(明暗や濃淡は在るらしいから正確には白と黒を含めた三色か)の世界を想像し、その味気なさに俯いた。
彼の世界は何色で支配されているのか、色という概念を知らない本人には尋ねようが無い。
綺麗な色だったら良いなあと、静かに思うだけだった。

出来上がった花冠を神崎に贈ると、幼子を思わせる愛らしい笑顔ではしゃぎ始めた。
綺麗だと、凄いと。ひどく素直に池田を褒めながら自分の頭に花冠を乗せる彼は、その織り込まれ重なった花達の形しか認識できていないのか。
池田は両手で優しく神崎の手を包んで、潤んだ瞳を隠す様に顔を伏せながら、「来月は海に行きましょう」と告げた。

「此処も綺麗ですけど、海も綺麗ですよ。眺めの良い場所も知ってます。暑い日に行きたいですねえ。」

「……うん!来月も晴れるといいな!」

そう応える神崎に、池田は切なげな笑みを返した。

この人だって一丁前に太陽を求める。綺麗な場所に行きたがる。連れて行けば喜んでくれる。
僕達となんら変わらない。
ならば僕は、この人に美しいものをたくさん見せよう。

池田の決意は、彼の世界について知った時から揺るぐことは無かった。
二人は来た時と同じく手と手を繋ぎ合って、学園へ帰って行く。
あたたかく迎えてくれる富松と次屋に神崎は飛びつき、池田はやれやれと呆れるように笑った。



それでも彼はこの世界を駆け抜ける



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