たとえばの話


たとえばの話をした。

それは途方もなく現実とはかけ離れていて、理想、夢、幻、そういうものだった。
けれど一見は実現できる風で、それがますます報われない期待を膨らませてしまうような、そういうものだった。

勘ちゃんは優しげな微笑みを浮かべて、俺がぽつりぽつりとうろんげに吐き出す『たとえばの話』に、こくん、こくんと相槌を打ってくれていた。
俺はそんな勘ちゃんに何故だかとてつもなく安心して、自然と笑みがこぼれた。
二人で曖昧に笑いあって、素敵な話をして、幸せだと感じた。それは、間違いないことだった。

しかし、その『たとえばの話』に当然のように含まれていたあること(それは本当にひどく馴染んでいて、湖面に落とした海水の粒のように異質だった。)を口にすると、勘ちゃんはびくりと肩を震わせた。
俺は「しまった」とはっとして勘ちゃんを見つめたけれど、彼はただかすかに震えながら、それでも微笑みを浮かべて、いままで通り俺の話を聞いていようとした。
だから俺は、話を続けた。不安で不安でどうしようもなかったけれど、続けねばならないと感じた。
俺が発する一言一言に、勘ちゃんはまるで目の前に化け物でも立っているかのように怯えていたけれど、それでも俺たちは『たとえばの話』を繰り返した。

そしてどれほど経っただろうか、もはや彼はにこにこと顔いっぱいに笑みをひろげて、俺の話に気持ちよさそうに相槌を打つのだ。
俺は少しだけ、身体のどこかが絞まるような痛みと苦しみを覚えながら、口を動かして、声を紡いでいた。
俺たちは会話を止めない。傍から見れば仲むつまじい友人同士がきゃわきゃわと夢を語り合っているようで、しかし。
俺たちは会話を止めない。

ついに勘ちゃんが泣き出して、俺は急いで言葉を止めて彼の顔を覗き込んだ。辛そうに歪んだ目元や頬をつうつうつうと流れ落ちる雫を見留めて、ごくりと唾をのむ。
それでも勘ちゃんは「大丈夫だから」と言う。かなしいだろうに、もう堪えきれないだろうに。だけど勘ちゃんは泣きながら「大丈夫だから続けて、俺きいてるから、大丈夫だから、」と。
だから俺は、『たとえばの話』を続けた。

己の面に涙を伝わせながら、口角を吊り上げて、冷笑のような嘲笑のような、気味の悪い笑みを浮かべている友人と向かい合い、ただただ話を続けていた。
それはもう、『話』ではないかもしれない。俺たちは話とさえ言えない話を、繰り返し繰り返し、発して、紡いで、ひろげた。
いや、今ふと思い出して気づいてみると、『たとえばの話』を繰り返しているのは俺だけだ。彼は俺の惨く素晴らしい話にそっと耳を傾け、朗らかに首を縦に振っているだけなのだ。
だから俺は、勘ちゃんの意見が聞きたかった。彼が何を考えているのか興味があった。だから、さりげなく問うてみた。
すると勘ちゃんは一瞬呆けた表情をして、また笑って、『たとえばの話』を聞かせてくれた。

大切で偉大で愛しい友人のそれが聞けて、俺は、はじめて満足感を得た。
だから「もういいや」と考えた。そろそろ疲れてきたし、さあ目覚めよう。そしたらこのことはすっかり忘れてしまうかもしれないけれど、もう俺は満足だから、さあ目覚めよう。
礼を言って、別れを言って、目を閉じた。さて、と目覚める準備を整えると、最後に勘ちゃんは、静かに、しかしはっきりと。

「たとえばの話だよ」

そう、俺以外の誰かから告げられてはじめて、今まで繰り返し続けていた話に吐き気を覚えた。




ゆるり。



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