うたうひと


うるさいなぁ、と、苛立たしげに勘ちゃんが言う。

「さっきからなにやら、すごくうるさい」

眉を顰めて大げさに耳をふさぐ。それでも未だ音は鳴り止まぬようで、ううんと不愉快そうに。
俺には何も聞こえない。
もうすっかり夏と呼ぶにふさわしい季節になって、てりてりとかがやく日と、やけに主張する蝉の声に、毎日身を委ねているけれど。今日はめずらしく曇り空で冷たい風がふいているし、蝉の声も一切聞こえない。

「なんの音?」

「わからない」

わからないけど、色んな不愉快な音がぐちゃぐちゃになって、直接頭に響くようなんだ。
そう歪んだ声でぼつぼつと吐き出しながら、気分が悪そうに耳をおさえ続ける勘ちゃん。
誰にでも聞こえる音でも、彼にしか聞こえない音でも、彼にとってうるさいことに、変わりないのです。

「大丈夫?」

「ん、う」

背中でもさすろうか、頭でも撫でようかと手をのばす、と。

「あああ、あ、うるさい、うるさいっ」

突然痛々しげに叫びながら、勘ちゃんは俺の手を振り払った。
そして目をまるくして驚愕を顔に浮かべて、ぽかりと一瞬の間が在ったあと、そのままの表情で。

「へいすけ、どうしたの」

「俺はどうもしないよ」

勘ちゃんは、はっとして、泣きそうになって、うつむいて、「そっか、そっかぁ」と繰り返す。

「もう俺はすっかり兵助がいないと生きてゆけなくなったんだね」

そんな勘ちゃんがいとおしいから、ぎゅうと抱きしめてみせた。
勘ちゃんはあまりにも激しい音に涙をぽろぽろとこぼし続けるけど、それも、愛だと思った。

ああきっとそのうち、俺のことしか聴こえなくなる。




不器用なひと。じこまんぞく。



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