桜月


その年の、桜の花びらがはらはらと散る日のことでした。
春らしくどこか寝惚けたような薄青い真昼の空に、白けた月がぼんやりと浮かぶ中で、僕の尊敬する先輩は学園を卒業して行かれました。

卒業式の日、先輩は何故かこっそりと僕だけを呼び出すと、笑ってこんなことをおっしゃいました。

「ねえ、伊助。伊助は斉藤のことが好きなんだろう?
 そんなに目を丸くしなくてもいいんだよ。俺にはちゃんとわかってるんだ。
 だから俺は最後にお前に贈り物を上げようと思う。
 いつかどうしてもこれが必要になったら使うといいよ。
 これは池田にも斉藤にも内緒だ。決して言っちゃあいけないよ。
 どうして僕だけにって? …それは伊助と俺が似ているからかな。
 ねえ、伊助。
 大事な小鳥は鳥籠の中に篭めてしまえばいいんだって、お前だってわかっているんだろう…?」

煙硝蔵のどこかに秘密の地下室があるというのは前々からもっぱらの噂でした。
そこは以前、煙硝蔵で大掛かりな爆発事故があったときに作られ、万が一があってはいけないような貴重な火薬などが仕舞われているんだということでした。
地下室の入り口は巧妙に隠され、その鍵は代々、火薬委員会の委員長か委員長代理によって受け継がれているという話で、興味をもった僕や池田先輩が何度煙硝蔵の床を探ってみても、そんなものは欠片も見つからなかったものです。

あれからまた桜の季節が来ました。
こんな真ん丸い月の夜は、どうしてだかあの日の先輩を思い出します。
それはそれは吃驚するほど綺麗に笑んで、僕の手の中に小さな鍵を滑り込ませていった先輩のお顔をです。
「……きれいな月だなあ」
僕は掌の上の小さな鍵にそっと触れながら思います。
いつか僕はこの鍵を使う日が来るのだろうか。それはいったいいつなのだろうか。明日なのか十日後なのか一年後なのか。
それともずうっと来ないのか。
目を閉じ、美しい金色の羽をした小鳥を僕だけの秘密の鳥籠に閉じ込めるときを想うと、僕の心は何処かへ向かってゆうるりゆうるり月の光のようにかたむいていくのです。




相模様より相互リンク記念に頂きました!ありがとうございます!
ヤンデレなうえくうちゃんと伊助さんがヤンデレでしかもいすタカとか私得すぎますね。どきゅん!本当にありがとうございました!!



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