髪結い


タカ丸さんはきっと、しようと思えばいくらでも、周囲の色に染まって、周囲と同化して生きてゆける人だ。
いろんな人の知識を、常識を、言動を倣って、覚えて、得てゆく人。
すごく、すごく器用で、不器用さを器用さですっぽりと包み込んで、誰にも見えないようにしてしまう人。
芯から弱ってしまったところは、どんな人にも見せないように努める人。
本当に抑えきれなく感情が昂ぶるのは、髪に関してだけなのではないかと思う。
その人が僕の髪を優しく梳いて、結い上げる時に浮かべるむしょうに嬉しそうな笑みに、僕は実に実に惹かれていた。

タカ丸さんの生き方に口を出すつもりもないし、それでいいのだと思った。
髪結いからの途中編入だなんて特殊な境遇に頑張って慣れようとしているのだと、なら僕は陰ながら応援するだけだと、そう。
ただときどきとても複雑そうな、息苦しそうな表情で忍具を握り締めている姿を見て、髪切り鋏を構えている姿を見て、ぼんやりと不安になった。



そして、とある早朝、はらりはらりと、舞い落ちる黄を見た。

「髪、を」

火薬庫の隅に、うずくまった人影。
髪の房を握り締めて、タカ丸さんは泣いていた。
はさはさと広がった、触れるとなんとも心地の良い髪の毛はすっかり短くなってしまっている。

「うぇ、え、ぁああぁあ、あ」

わぁんわぁんと大粒の涙をこぼすタカ丸さんに、切った理由を問うたり、心配の言葉を投げかけたりしたけれど返事はなく、ただかすれた泣き声だけが火薬庫の中に響いた。

「タカ丸さ、……、……。」

撫でて、抱きしめて、額に口づけて、また抱きしめて、そのままでいた。
しばらくして泣き声がやっとおさまってきたことを確認するとそっと放し、傍に落ちていた刃物を手にして、高く結い上げられた己の髪にあてがう。
それに気付いてきょとんとしているタカ丸さんの目の前で、力を込めて刃物を振った。

ふぁさ、という軽い音と共に暗い栗色が固い床に降りてゆき、黄の房と交じり合う。
タカ丸さんは目をまるくして、小さく「なんで」と呟いた。

「もうこれで、結えませんね」

そうにこりと笑って言ってみせたけれど、それを本当に残念だと、本当に悲しいことだと感じた。
タカ丸さんは床にばらばらとひろがっている色を両手でかき集めようとして、やめる。
行き場を失くした両手で代わりに自分の顔を包み込んで、声もなく泣いた。

「タカ丸さん、どうして切ったんですか」

「……あっ、たらいけないと、思ったんだ、よ」

「でも僕は、タカ丸さんの髪が好きでした」

「ぼく、も、いすけくんの髪、すきだったのに」

「タカ丸さんが切ってしまったから」

「伊助くんまで切ること、なかった、のに、なんで」

ほろほろほろとこぼれる涙は、床を、床に落ちた髪を湿らせる。

「……僕の髪は、あなたの髪の代わりには、なってあげません」

はっきりとした声で告げると、タカ丸さんは一度びくりとした後、すごくすごく驚いた様子で僕を見つめた。そして、俯いた。

「そ、……っか、代わり、には、できないねえ……。」

なら僕は、この髪が切ってしまう前くらい長くなるまで、誰の髪も結えないねえ、そう寂しそうにタカ丸さんは笑う。
胸がきりりと痛んだ気がした。

「僕、も、……切ってしまう前くらい長くなるまで、この髪を誰にも梳かせないし、結わせないから、」

「うん?」

「だから、この髪が長くなったら、どうか結ってくださいませんか。一番最初に、あなたが結ってくださいませんか。その時にきっと、伝えられることもあるだろうから」

絶対に伝えるから。
まっすぐにタカ丸さんを見据えると、タカ丸さんはまたもや驚いた表情になったあと、少しだけ嬉しそうに「えへ」と微笑んだ。

「うん、約束ね。」

その後、火薬庫に久々知先輩と三郎次先輩がやってきた。
僕達と僕達の切られた髪の毛を見て、久々知先輩が己の髪も切ろうとして必死で三人で止めたのは、また別の話。




髪のびたら求婚する。
この手のはなし多い気がしなくもなくて、て、てへぺろ!



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