「ちょっとごめんよ、前通りまーす」
土曜日のお日様の光をいっぱい吸い込んだ優しい香りが立ち込める小さな部屋。 取り込んだ洗濯物をたたんで重ねて作った山は、ふわふわで今にも崩れそう。 でも、私ほどのものぐさ上級者になるとこの大量の洗濯物を運ぶことくらい超余裕。 エルのジーンズの上に私のパジャマと他の服。その上にパンツや靴下を置いてタオルで挟めばこれで完璧。 クローゼットやバスルームの引き出しに片付ける洗濯物たちをいちいち取りに帰るなんて面倒だから、いつも通り一気に抱えて、ソファに座ってぼーっとしているエルの前を横切ろうとしたその時だった。
「ひぇっ!ちょっと!」
突然腕を掴まれて引っ張られるなんて夢にも思ってなかった私は、いとも簡単にその力の思いの儘に動かされてしまう。 絶妙なバランスで抱えていた洗濯物の山は当然その場で崩れて、結果、今、目の前にいるエルの上に降るように落ちていった。
「何してんのー!」
ソファの上でいつものように脚を抱えて座っていたエルは、私を見上げたまま何も言わない。当然悪びれた様子もない。 肩の上に引っかかったタオルのことなんて気付いてもないような、どこか真剣な目をしたエルに、文句を言ってやろうと思った瞬間、何がどうなってそうなったのか。突然腕を回して腰を抱き寄せたエルが、私のお腹あたりに顔を埋めてしまった。
「何?どうしたの!」
「何か変です」
「へ?」
「匂いが違います」
「あ、ああ!柔軟剤?」
お腹に顔を埋めた彼は、どうやら私の服の匂いを嗅いでいるみたいだけど、できれば場所を選んでほしい。よりによってそんなところ。油断してたからふにゃふにゃしてるし、そのうちぐるぐる鳴りだしちゃうってば。 でも、そんなことを言ってしまうともっととんでもないところを嗅がれてしまいそうな気がしたので、咄嗟にその文句は飲み込んで、こっそり腹筋に力を入れることにする。
「…別に今更引っ込めなくても」
「ばれたか」
ばれたとはいえ、そうそう簡単に戻せないのが乙女心。顔を埋めたままの黒い髪の毛が少し震えて、彼がそこで笑っているのが分かった。 そろそろ離れてくれないかな、と思いながらそのままじっとしていても、エルはずっと顔を上げない。なんだろ、これ。ちょっとだけしあわせ、なんて嬉しくなってきちゃう。
「エルの好きな匂いがする?」
問いかけた言葉に返答はないけれど、気に入らなきゃエルがこんなことするわけないな、と思う。 白い服の肩に引っ掛かったままの水玉模様のタオルを取って、私もその香りを吸い込んでみた。大好きな、強すぎない優しい香り。 柔軟剤を変えたのは事実だけど、今まで使ってたものと同じような香りを選んだはずだから、そこまで劇的に変わったとは言えないと思うのに。さすがは名探偵。鼻がよく利くんだね。犬みたい。
さて。 この抜け出したくない膠着状態をどうしよう。
ギュッと抱き付いたエルの手が、腰を温めてくれて気持ちいいくらいだったから。本当はずっとこうしていたいけど、まだまだやることはたくさんあって、何よりそろそろほんとにお腹が鳴りそう!エマージェンシーだ。
少し硬めの黒い髪の毛を梳いて首元を探る様に擽ると、腰に回されていた手が下に降りて思いっきりお尻を掴まれる。「もー!エロエルめ!」とお決まりの台詞で怒って見せながら身体を引き離せば、「1回は1回です。」とこれまたお決まりの台詞で開き直ったエルと目が合って、おかしくて笑いだすまでがワンセット。よし、これだ。これでいこう!
「私にこんなことをさせますか」
「1回は1回、なんでしょ?」
「はあ」
「1回分、ちゃんと労働で返すこと!」
洗濯したてのエルの服を顔に近づけて、ちゃんと新しい柔軟剤のいい匂いになっていることを確認して折りたたむ。 二度手間の、本来はしなくてよかったはずの作業だというのに、そのおかげでエルの新しい「好き」を見つけられたのだから、本当は文句なんかもう言えない。 ソファの上でタオルを奇妙な手つきで適当に折りたたんでいるその姿だって、彼の悪戯がなければ見られなかったのだから、結果的にとてもラッキーだったと思う。
「うん、ばっちり。明日はエルもこの匂いだよ」
良かったね、と笑いかけると「そうですか」なんて気のない返事を寄越してくる彼。素直じゃないけど、可愛い人。 その証拠に、彼の足元に落ちていた洗濯物を拾って、さっきの私と同じように顔を近づけようとしている。可愛い真似っこが嬉しくて、微笑ましいなあってニコニコ見守っていたところで、私はとんでもない事実に気が付く。 そして高速でエルの手にあったものを奪い取って確認した。なんてこった。ブラだなんて!
「なんでわざわざこれ嗅ぐの?絵的にまずいよ!」
「これほど正当な理由で下着の匂いを嗅げるチャンスがこの先他にあるとは思えませんでしたので」
「何?エルって下着の匂い嗅ぎたいの?」
言ってから、あなたは変態ですか?と同じ意味の言葉になってしまったことに焦っていると、きょとん顔で黙ったエルが、斜め上の空中を眺めた後、人差し指の爪を噛みながら、驚くほど真剣なまなざしで告白した。
「今、奪い取られて残念な気持ちになったので、多少は興味があったようです」
「あは!何それ、完全に変態だ!」
Sunny Day
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