moment_zzz







「えっ、私残されちゃうの?食べてもらえないの?」

「は?」

「悲しい!せっかくオムライスになれたのに私だけ食べてもらえないなんてつらい。はー、泣く」

「…」

「って、グリンピースさんが言ってます」

「この暑さでおかしくなりましたか」


お皿の隅っこに避けられたグリンピースの気持ちを心いっぱい代弁して伝えてみたけれど、目を半分にして私を見たエルには伝わらなかったらしく、向かい側から気の毒そうな目で見られてしまって失敗に終わる。


「なんだ。やっぱダメか」

「突然何事ですか」


ダイニングの椅子に乗っかってお昼ご飯を食べている私の恋人は、偏食家だけど、きっと好き嫌いが多いってわけじゃない。
仕事が忙しい時、食事中も頭の中で色々考え事をしている彼は、自分のお皿に載ってる食べ物が何かなんて興味も示さず黙々と食べる。食べたくないものをわざわざ避けることなんかしないのだ。

今日はたまたま、オムライスの中に入ってるグリンピースを食べたくなくて、それを選別してお皿の隅っこに追いやる余裕があったみたい。


「この前職場で年少さんと一緒にお昼ごはん食べたんだけどね、まさに今のエルくんと同じ食べ方してる3歳の男の子がいたわけよ」

「はあ」

「その子がさ、ピーマンちゃんが泣いてるよって聞いたら物凄く悲しそうな顔になって、なんと苦手なピーマンをぱくっと食べちゃったの」

「子どもに向かってなんて汚い嘘を」

「嘘じゃないよ、食育ですよ」

「大人はすぐにそれを言う」

(たしかに…)


3歳の男の子が、ピーマンの気持ちに寄り添って考えて。本当はすごく苦手なのに嫌なのに頑張って食べたというこの感動話は、疑ったような顔をして聞いてる名探偵さんにはちっとも伝わらなかったらしい。


「騙された子どもが気の毒です」

「騙したなんて人聞き悪いなあ。もう私感動しちゃって、めちゃくちゃに褒めたの。そしたらすごく嬉しそうな顔してね、残りはニコニコで食べてたもん。そしてその日彼はクラスのヒーローになった」

「はあ。そうですか」

「いやあ、男前だったよね。試練に立ち向かう姿、かっこよかったなあ!この世に生まれて3年そこらの男の子が、立派だよ。子どもの味覚は敏感だっていうのに勇気あるわ。大人になっても嫌なもんは嫌なのにね?」


なんて。負けず嫌いなエルを煽るように大袈裟に騒いでみたものの、私にだって苦手な食べ物はあるし、勝手に目の前に準備されたものを全部美味しく残さず食べなきゃいけないなんて、そんなの時代遅れな考えだって思ってる。子どもの頃は苦手でも、そのうちいつの間にか好きになるものもあるし、別に、無理矢理食べさせたいってわけじゃないの。

でも、いつも甘いものばかりを食べて仕事をしている彼が、この部屋に来た時は私が作ったご飯を平気な顔して食べてくれるのが嬉しいから。だからエルの健康な身体は私が作るんだっていう勝手な使命感を持っているところもあるんだ。そう、あれ。アスリートの妻的なあれですね。


「そこまで言われて黙っているのも癪ですね」

「お!まさか」


そんな私の煽りにまんまと吊られてしまった名探偵。さすが負けず嫌いの権化だ。
不機嫌な顔を隠しもせず、不安定な持ち方でスプーンを器用に動かして掬い上げたグリンピースをぱくりと口の中に入れると、ほとんど噛まずに麦茶で流し込んでしまった。


「食べました」

「偉ーい!偉かったねーエル、かっこいいぞ!」

「は?」

「えっ?」

「もっとちゃんと、めちゃくちゃに褒めてください」

「え、今のじゃ不満?」

「世の3歳児は、こんな報酬で納得するんですか」


私の手首を掴んだエルが、心底驚いたように目を見開いて口を開く。まるで残酷な詐欺師を見るみたいな目つきでジロリと睨まれた私は、慌ててしまって急いで何か言わなきゃと考える。どうしようどうしよう。何かエルが喜びそうなもの、えっ、なんだっけ?なんかある?


「わー、おっぱいでも触る?」

「…触っていいなら触りますけど」

「いいよいいよ、どうぞ」


咄嗟に絞り出した代替案が信じられないバカバカしさで「そんなもんいりません」なんて一蹴されてしまったら傷つくなーと思いながら口にしたけど、不服そうにしながらも一応拒否はされなかったので安心する。

ところが、掴まれてた手を引っ張って、私のご褒美にもならなさそうな残念な胸に大きな掌を押し付けると、むにっと掴まれたところで「おえっ」と漫画みたいに嘔吐いてしまったエル。

おいこらいくらなんでも失礼だぞ!と一瞬思ったけど、違う違う、これはグリンピースのせいだよね?

青い顔をして気持ち悪そうに俯く姿は見たことないくらい神妙で、とても辛そうだ。大変、呑気におっぱいなんか触ってる場合じゃないね?


「うわわ、だいじょうぶ?水飲む?吐く?」

「水、」

「わかった、ちょっと待ってて頑張ってね」


急いでコップに水を注いで手渡すと、ごくごくと飲み込んだ後も眉間に皺を寄せて気分が悪そうな可哀想なエル。丸い背中をそっと摩ると、ほんの少しだけ涙を滲ませた大きな瞳が恨めし気に私を見た。


「ごめんごめん、苦手だったのか、やっぱり」

「他に食べない理由がありますか」

「無理して食べなくてもいいよね。死にはしないさ」

「その結論、5分前に出せませんでしたか」

「いや、ほんとごめん。なんかちょっと面白くなっちゃってた」


素直に白状してしまった私を冷めた目で睨んだエルは、再び伸ばした手で雑におっぱいを掴んだ後、はあ、と盛大にため息を吐く。…ねえこれは怒っていいやつかな?


「この程度で許す寛大な私に感謝してください」

「あ、許されたの?よかったありがと」

「一生根に持ちますけどね」

「ごめんごめん、反省してます」


無理矢理飲み込んだグリンピースの味がよっぽど気に入らなかったのか、駄々っ子みたいに唇を尖らせたエルはまるで子どもみたいだ。


「グリンピースが食べられないなんて可愛いね」

「反省してないですよね、それ」

「きっと将来子どもに言われちゃうんだよ。パパ好き嫌いだめよーって。あは、それも可愛いなあ」


ぐちぐち言ってる声を無視して、小さな子どもに叱られているエルの姿を想像すると、なんだか胸がキュンってしてくる。
そんな私の様子を見て諦めたようにコップの水に口をつけたエルがまだスッキリしないような顔をしたまま、疑わし気な声色で呟いた。


「私の子どもですよね。想像つきませんけど、遺伝するならその子も偏食ですよ」

「いやいや、私に似たらきっと何でも食べるよ。母さんが言ってたもん。あんたは昔から何でも食べてくれたから楽だったーって」


ごくりと水を飲み干したエルが、今度はきょとんとした顔で私を見る。それからだんだん意地悪な顔になった彼は、ついに声を漏らして笑い出す。
なに。なんか私笑われるようなこと言った!?


「私の子どもを産む気があるんですね」

「えっ、もちろんあるよ!」

「初耳です」

「…あれ。こんな話、したことなかったんだっけ?」


さらっと話してしまったけど、この素敵な妄想「幸せ家族計画シリーズ」についてはまだエルに発表してなかったのかな?四六時中エルとのいろんな未来を夢見てるもんだから、何が公開で何が非公開なのかが分かんなくなってきてる自分に今、突然気付いてしまった。

え、嘘。待って待って。
だとしたら、とんでもないぶっちゃけた問題発言をしてしまったよね?…なんてこった!


「しまった、これはかなり恥ずかしい!」

「すみません、あなたにそんな気があるとは知らず毎回クソ真面目に避妊してました」

「わー!いつかは、の夢の話!ですから」

「詳しく聞かせてもらいましょうか」

「今じゃない、今じゃないのよこれ」











































● ● ●


数年後


「ぱぱ、なっとうさんがないてるよ」

「流石にそれは無理ですごめんなさい」

「あは、謝った!」

「ぱぱ、すききらいだめよー」





この日が来るのを恐れていました






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