moment_zzz







ここだけの話。仕事をしているときのエルはそれはそれはかっこいいのです。

普段から表情の変化があまりない彼だけど、それでも全然顔つきが違うんだなっていうことには付き合い始めてすぐに気が付いた。
私と話をしたりふざけて抱き合ったりキスする時に見せてくれる顔とは真逆の、隙のない真剣な眼差しはとてつもない破壊力を持っていて、目が合ったわけでもないのにいつも息が止まってしまいそうになる。

だから、いつも私が見つめるのは、白い丸い背中。その反対側で突き刺さるような視線を受け止め続けるパソコンのモニターになりたいなんて、そんなのこれまでに何度も何度も思ったけれど、何百回考えても、そんなことになったらドキドキして寿命が縮まりそうだなあ、という結論に至って終わり。あれは私には刺激が強すぎる。


「エル、お茶淹れたよ」

「ありがとうございます。そこに置いておいてください」


こんな時の彼は、ちらりともこっちを見ない。
その素っ気なさもいいんだよなーなんて思いながらじっと横顔を見つめてみるけれど、当然無視。うーん、かなり集中してるみたいです。

出会った頃は、私もいつかあんな目で見つめられる日が来るのかなって思ってたけれど、最近ではその機会は一生来ないことが分かってきた。

この凍るような鋭い眼差しは竜崎の仕事の顔だから、私と向き合うときの彼はそんな顔はしないみたい。
私の知っている吸い込まれそうな深いグレーの瞳はもっと穏やかで、時々お茶目で暖かい色をしてる。
スイッチがオフになってるエルが嬉しいし、愛おしいし、それはそれでとっても魅力的だから、こうして仕事中の彼に近づく数少ないチャンスにだけこっそりオンの表情を盗み見して、私はドキドキしながら心の中で満足するんだ。


「…おっと!」


真面目に仕事をするエルに近づいてそんな下心を隠せずにやにやしてたせいだ。
振り返って大人しく自分の定位置に戻ろうと歩みを進めた時、スカートの裾に引っ張られて動けなくなってしまった。
踝まであるニットワンピースの裾を目で辿ると、彼の座る椅子に引っかかってしまっていた。エルが振り返って私を見上げてる。


「わー、ごめん、椅子に捕まっちゃった」

「ああ、」


いつものように両脚を乗り上げて座っているエルが足元に引っかかった服の裾を摘み上げて戻してくれた、と思いきや。


「ぎゃー!ちょっと何やってんの!」


そのまま腕を上げて大胆にスカートを捲り上げちゃったからもうびっくり!
慌てて両手で裾を抑えると、すでに中を覗き込んでいたエルが、静電気に巻き込まれた髪をふわふわさせながら顔を上げて険しい表情のまま「信じられません。がっかりです」なんて、ひどい言葉を吐き捨てた。


「何?なんか文句でもあんのか!」

「ありますよ。なんですかこれは。邪道にも程があります」

「えっ。何が?」

「何故スカートの下にこんなものを履くんですか」


さっきまでの仕事モードの真剣な表情のままのエルが、私をじろりと睨んでくるからドキドキしてうっかり叫び出しそうになってしまう。
懲りもせずワンピースを捲り上げる彼が不服そうに言っているのは中に履いてたパジャマのスウェットのことみたい。

いやいや、別に良くない?
いくら空調の整った暖かい部屋とはいえ、この季節は脚が冷えるんだもん。女子は皆冷え性なのだ。
それにこういう不慮の事故も起こるんだってことを考えたらむしろ褒め称えてもらってもいいくらいの万全の対策じゃないのか!


「たった今私の心に発生したラッキーをどうしてくれるんですか」

「ラッキーも何もないよ。思いっきり捲ってきたじゃん。故意!」

「見えると思ったものが見えなかったこの気持ちが分かりませんか。あなたにはがっかりです」


さっきまで真剣な目つきで仕事をしていたかっこいい名探偵が、本当にがっかりしたような顔で男子高校生みたいな主張をしてくるから、なんだか可笑しくなってくる。静電気で浮いた髪の毛だって、ずっとマヌケなかんじで揺れているままなんだもん。


「そんなに怒るほど嫌だったの?」

「イラっとしました」


珍しいな、イラっとしてるエルなんて。
酷い言いがかりをつけられたとは言え、仕事モードの彼の感情を動かした犯人が私だってことに、全然悪い気なんてしてこない。


「そんなに私のパンツが見たかったの?」

「…確かに。そんなに価値のあるものでもないんですけどね」

「えっ!スカート捲った犯人がそれ言っちゃう?」

「たった今、急に冷静になりました」


なんだそりゃ!失礼な!
確かに、私のパンツに価値なんてない。
エルが仕事の手を止めて貴重な時間を費やしてまで確認しなければならない秘密なんてもちろん隠されていないし、自分が今日どんなパンツを履いているかも今咄嗟には思い出せないくらいだ。もしかしたら超絶地味なやつかもしれない。
でも、そういう問題じゃない。そんな風に簡単に引き下がられると、私だって面白くないみたいだ。


「あーあ。諦めちゃうんだ」

「はい、バカなことにエネルギーを費やしました。今猛烈に反省してます。どうかしてました」

「いいの?今見逃したら一生後悔するかもよ?」

「…見られたいんですか?」

「…いや、うん。それもおかしいね」


気が付けば、なんだか思わぬ展開になってたこの話は、もう修正不可能だ。好きな人にスカートを捲られてパンツを見られたいだなんて、私は変態か。
当然、「そうだよ、見られたいんですよ!」「ていうか見ろよ!」なんて、いくらおしゃべりな私でも口にすることはできなくって、ごまかして笑うしかない。
すると、難しい表情を浮かべていたエルが思いついたように目を合わせて言った。


「紐ですか」

「は?ひも?」

「いつか部屋に転がってた勝負パンツ」

「え!あっ、違うよ、違う違う!あんなの履いてたら落ち着かないでしょ。風邪ひいちゃうじゃん」

「はあ、それなら別にいいです」

「別にいいですって、なんか釈然としない!」


バカみたいだけど、こんな何も生まない、意味のないやりとりが楽しくて仕方がないのは、きっとエルの事が大好きだから。
それに付き合ってくれるエルだって、きっと私のことが大好きなのに違いない。こんなバカな私たちに、言い訳なんてできっこないよね。


「まあ、でも。こうなったら見ますよ。見ないことにはとてもじゃないけれど気が済みません」


突然、腰に回された腕に、強い力で拘束される。もう片っぽの手でスカートの裾を持ち上げた彼を止める気なんて、さらさらない。
そんなエルの表情に、あの鋭い眼差しの名残はなくて、意地悪な笑顔で私を見て再びスカートの中に顔を突っ込んでしまったその姿は、もうどう見ても、変態みたいだ。


「あはは、やめてやめて、なんかくすぐったい!」


ああ、でも、やっぱりこんな彼が好き。
いや、それもおかしな話なんだけど。
ここだけの話、こんな時の、彼の悪戯好きな小学生みたいな、無邪気な表情がたまらないんだ。
仕事をしている時の怖いくらいに冷たい目をしたエルも素敵だけど、私と遊んでくれてる時のこんなエルが大好きだよ。


「…普通でしたね。」

「あたりまえだよ!」


そのちょっとがっかりしたような顔だって、まあ、可愛いから許しちゃう!
























● ● ●



「エルのパンツも見せなさいよ」

「は?」

「そこまで言うなら私だって見たいもん!ほら、見せて!一回は一回なんでしょ?」

「やめてください変態さん」

「いいじゃん。見るだけ。ちらっとだけ。一瞬でいいから。何にもしないって誓う!」

「発言が完全に変質者です」

「ここまで来たら引き下がれませんよ!エルだけずるい。私にもやらせてよ」

「分かりました、分かりました、引っ張らないでください」

「おお!自らいくとは潔いね!」

「まあ、別に減るものでもないので」

「よ!日本一!漢気だねえ」

「仕事に戻りたいですし…って、あ」

「ん?わー!ちょっと!違う、やりすぎ、丸出し!」

「失礼な。まだ丸出してはいません」

「あっ、うん、そうだよね、ありがとうございます!」

「ありがとうはおかしいですよ」






バカップルの茶番


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