難しい顔でブツブツと独り言ちながら部屋の中をうろうろする彼女。 パンツを丸出しにして机の下に潜り、お約束のように頭をぶつけて痛がる彼女。 背伸びをして棚を覗き込み、バランスを崩して尻餅をつく彼女。 何度も何度も無駄なジャンプを繰り返した果てに、傍らにあった椅子の存在に気付き、ひらめいたように目を輝かせて自分の掌を拳で叩くと言う古臭いポーズをとる彼女。 どれもこれも滑稽で、それでいて愛らしく、まるでチンパンジーの学習のドキュメントを視聴しているような気分だった。
先週、彼女の家で「はじめてのおつかい」というテレビ番組を観て思いついた、些細な悪戯のつもりだった。 彼女に用事を頼んだ書庫に隠しカメラを設置し、解読できない言語に四苦八苦する姿を見て楽しもうと思ったのが事の発端だ。
「なにそれひどい!」
「すみません。まさか、ここまでおもしろい映像が撮れるとは。」
「このファイル、いらなかったの?」
「いいえ、要ります。」
「これであってた?」
「はい、ばっちりです。ありがとうございます。」
頼んだ3冊のファイルを持ちだしてきた彼女に改めて礼を言うと、目を三角にしていた彼女の表情が微かに緩み、ほっとした様子を見せる。 おつかいを遂行するために一生懸命になっていた姿を見てなんだか心が洗われました、と伝えると余計な労いだったらしい。「4歳児じゃありません!」とムッとした声で返されてしまった。チンパンジーだと思って観ていたなどとは口が裂けても言えない。
「で、あの、アレは?」
「あれ、とは。」
「エロいDVD。あれも仕込んだの?」
「あれは私のものです。」
「…まじでか。」
もちろん、あれも仕込んだものだ。 カメラを設置しているときに不意に思いついたもうひとつの悪戯だった。 先々週に観た「ドッキリ大作戦」というテレビ番組の、「他人の通帳が放置されていたら見るか否か」というくだらない企画で大笑いしていた彼女の姿を思い出して、恋人が隠しているアダルトビデオを見つけた時にどういう反応をするのか、が知りたくなってしまったのだ。
「絵に描いたような動揺っぷりでしたね。」
「あんなの。びっくりするじゃん。」
「その割にはずいぶん凝視してましたよね。」
「だって!知らなかったんだもん。エルが巨乳好きだなんて、全然知らなかったんだもん。」
アルファベットを呟きながら指折り数えて未知との遭遇のような表情を浮かべる姿は傑作だった。 その後は、まるで頭の中で考えていることを顔に書いて公開するように分かりやすく落ち込み、自分を奮い立たせるように顔を上げて、また落ち込む、を繰り返していたのを思い出す。
「面食いのおっぱい星人、でしたっけ。」
「…事実でしょ。あとなんだっけ、貧乳の眼鏡の童顔もいいんだっけ。ストライクゾーン広すぎです。」
「何を怒っているんですか。」
「べーつーにー!」
わざと否定しない私を軽蔑したような目で睨んだ彼女は、完全にヘソを曲げた様子で顔を背けて頬を膨らませている。 こんな、昭和の子どものような拗ね方をする姿にだってグッときてしまうほど彼女に夢中だと言うのに、そんな事実になど微塵も気付かない恋人が、いじらしくて可愛くて仕方なくなってしまう。 そろそろきちんと種明かしをしなければ。
「嘘です。あれは、ワタリに用意させました。」
「…え?」
「あなたにドッキリを仕掛けるために、私が頼んだんです。」
「ドッキリって。嘘でしょ。そんなことのためにワタリさんにあんなえげつないAV買わせたの?」
「もっとこう、破滅的に偏った人間性を疑うような変態的なジャンルを頼んでいたはずなんですけど。彼にはあの程度が限界のようでした。」
「ワタリさん頑張ったよ、十分変態でひいたよ…ていうか、あんな素敵な英国紳士にそんなもの買いに行かせるなんてひどすぎる!ダメ、絶対、許せない!」
「まあ、ネット通販で購入したと思いますけどね。」
「そ、そうなの?それならよかった。」
見るからに安心したように息を吐いた彼女が、「いや、なにもよくはないんだけど!」と言い訳するようにつないだ言葉にも、然程の威力は残っておらず、この件はこれにて一件落着だ。さっさと謝罪して許してもらおう。そろそろ彼女の笑顔が見たくなってきた。
「すみませんでした。」
「む。なんだか許したくないな。」
「許してください。ほんの出来心でした。」
「ほんの出来心で盗撮して盗聴して監視したりワタリさんにいかがわしいDVDを買わせたりする人なんて、信用できないよ。」
「信用できない、ですか。」
「…まだ怒り足りないの。」
「怒っていると疲れませんか。」
「疲れるよ!でも、だって、ちょっと、ほんとにちょっとだけど、傷付いたんだもん。」
「はあ、傷付けてしまいましたか。」
怒り足りないと主張するふたつの瞳を覗き込んで凝視すると、その表情はたちまち困ったような色を浮かべ視線を落として目を逸らす。 彼女が何に傷ついたのかは分からないけれど、こっそり盗撮されて監視されたり、恋人の所有するアダルトビデオを発見したりしたら嫌な気分になるものなのだろう。それが知れただけでも、この悪戯には意義があったと言える。もう二度としない。
椅子から飛び降り近づいて、視線の先にしゃがみ込んで彼女を見上げると、驚いたように見開いた目が、諦めたようにゆっくりと瞬く。
それから、滑稽なほど真剣な声色で紡がれた彼女の言葉にうっかり笑ってしまった私は、せっかく直り掛けた恋人の機嫌をさらに損ねてしまうのだった。
「結局エルは、巨乳が好きなの?」
「このくらいが一番好きです。」
(むに)
「ご!誤魔化されないんだからね!ばかやろう!」
(バシーン!)
「痛いですよ…。」
「私の心はもっと痛かった。」
「すみませんでした。」
ドッキリ大作戦
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