moment_zzz







12月24日
テレビを点けてぼうっとしていると、玄関のカギを開ける音がしてびっくりする。
時計を見遣ればまだ18時を回ったばかり。まさかこんなに早い時間にエルが帰ってくるだなんて思っていなかった私は、慌ててしまった。


「ここで待ってます。準備をしてきてください」

「え?」

「コートを着てマフラーを巻いてきてください」

「ん?」

「イルミネーション、見に行くんですよね」


嘘、本当?このクソ寒い中、イルミネーションって!と思わず飛び上がって驚くと、「今見なくて、いつ見るんですか」と、靴を履いたまま玄関に突っ立ったエルが、面倒くさそうな表情で言い捨てる。

まさかと思ったけれど、前に話したクリスマスを実行するために、何年振りかのサンタクロースが来てくれたみたい。

急いで準備をしにいこうとして振り返ると、後ろから「走らない」「腹巻も忘れずに」とお母さんみたいな指示を飛ばされてヒヤっとしてしまう。
でも、それでも緩み切ってしまってるこの顔は、サンタクロース様には内緒だ。


私はこれまで
ことごとくクリスマスに縁がなかった。

街中に溢れる恋人たちのように、寄り添って誰かと歩いたり、素敵なイルミネーションを眺めて愛を語ったり、プレゼントを贈り合って笑い合うなんていう経験は大人になれば誰でもできると思っていたけど、そうじゃなかった。
それは、誰かに恋して、愛し合ってる許された者にだけ与えられる夜だったのだ。
夢に見たクリスマスが、こんなにハードルの高いイベントだったと気付いたときは、サンタクロースが居ないことを自覚したときよりも衝撃だった。

でも、何年か前のイブの夜、竜崎っていう名前のサンタクロースが来てくれたから。

私はその時、一生分のクリスマスを味わってしまったんだと思えば、仕方のないことだって納得してた。
そう、ひとりきりのクリスマスなんて、もう慣れっこだったはずなのに。

だけど今、大好きな人の手に引かれながら、きらきら輝く街の中を歩いていると、やっぱり心のどこかで諦めきれていなかったんだなって思い知る。

だって、楽しい。
すごく、嬉しい。

「電飾が光ってるだけなんですけどね」と素っ気ないことを言うエルの隣で、私は嬉しくて泣いてしまいそうになりながら、たくさん笑った。人が溢れる大きなツリーの前で思わずギュッと抱き付いてみると、何事かと顔を顰めたエルが、それでもすぐに、抱きしめ返してくれた。


「えへへ、メリークリスマス!」

「人前で大胆ですね」

「だって。今日はなんか、いいのかなって」


聖なる夜に、恋人たちが抱き合うのは、きっとこんな理由なんてない、素敵な気分になるからなんだね。
それを知ることが出来た今の私は、エルの首に腕を巻き付けて背伸びして、人前でチューだってしてしまえる、許された者なのだ!


「連れてきてくれて、ありがとう」

「これもクリスマス限定ですか」

「そうだよ。今夜だけ」


目を丸くしたエルに向かってにっこりと笑って見せた時、ツリーの電飾が色を変えて、いろんな場所から歓声が上がる。
それにつられて傾けようとした身体をぐいっと引き寄せたエルが、上から降らせる様なキスをくれて、小さな声でメリークリスマス、と言って笑う。
そして私は、もう何百回目かの、恋に落ちるの。

輝くツリーも霞んで見えるような、飛び上がるほど嬉しくて少しだけ照れくさい、忘れられない思い出になった。


それから、家に帰るころには、私もエルもくたくたで、ケンタッキーやケーキどころではなくなっていた。お風呂に入ってベッドに潜ったら、あのエルが、のび太のような早さで眠ってしまったことが分かって、思わず笑ってしまう。

きっと仕事で疲れているのに、私のお願いを叶えてくれたんだね。
やっぱりあなたは、私のサンタクロースだよ。

寝返りを打って反対側を向いてしまったエルのその背中を撫でた後、頬っぺたをくっつけて、大好き、と念を送る。
それから、今日のために作った3段のケーキは、明日の朝、何でもないような顔で持って行って驚かせよう、と楽しい計画をしながら、目を閉じた。












「ねえ!エル!起きて起きて」

「…うるさい」

「サンタさん、来てた!」

「サンタはいません。あなたも知っているでしょう」

「だってほら、これ。ありがとう!」


12月25日
いつもより少し早く目が覚めて、枕元に置かれた巨大な靴下を見た私は、昨日のエルのあれが狸寝入りだったんだってようやく気付いた。

しましまの大きな靴下には、お弁当箱と飾りのついた髪ゴム。それともうひとつ、小さな小さな一組の靴下が入っていた。
子どもの頃から憧れてたこんな朝に、ときめく気持ちが隠せない。
こんなことをしてもらえるなんて夢にも思わなくて、なんて言っていいか、分からなくなる。


「おかしいですね。サンタは良い子のところにしか来ないはずですけど」


眠そうな仕草で目元をこすったエルが、意地悪そうにとぼけたことを言ったけれど。サンタさんを信じたかったと打ち明けた私のために寝たふりまでして叶えてくれた夢を、知らない振りで終わらせることなんて、できそうもないよ。


「お腹の中に良い子がいるから、来てくれたのかな」

「きっとそうですね。昨日はあの寒い中、良く付き合ってくれましたね」

「ほんとだね、ありがとう!」


ベッドの上で正座した私のお腹を撫でながら、まるでその子に語り掛ける様に話すエルは、気付いていないのかもしれないけれど。
こんな時のあなたは、びっくりするくらいの優しい顔で笑ってるんだよ。

何度だって私を恋に落としてしまう、出会った頃からずっと変わらない、優しい優しい、不思議な人。

だけど、内緒。
気まぐれなサンタクロースが、こんな風に笑うのをやめてしまったら残念だから、この子が生まれるその日まで、それは私だけの秘密にするんだ。


「ねえ。サンタさんって本当はいるのかも」

「そうでしょうね。ここに物証があります」

「これは、来年から、来るね」

「賢いジュニアが生まれていますから」


お腹の中の、小さなキミ。
どうかどうか、安心していてね。
お父さんとお母さんは、適当に隠したプレゼントを見つけられて夢を壊すようなヘマはしないよ。
きっとこうやって、ずっと騙しててあげるからね。





正しいクリスマスの過ごしかた






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