moment_zzz







「竜崎は、私のどこが好きなの?」

「出ましたね。その質問」



隣に座った竜崎がちらりと私を見て「いつかは来るだろうと予想していました。思ったより遅かったくらいです」と、どこか得意げに言って親指の爪をかじりながら斜め上を見てぼーっとする。

………沈黙。

あれあれ!なんで!
ぼーっとするのはおかしい。
予想してたなら、気の利いた台詞のひとつやふたつ、するりと言ってくれるんじゃないの!


「教えてください、竜崎大先生」

「はあ。何て言えばいいんですかね」

「どきどき!」

「理由もわからないのに、私に好かれていると信じて疑わないところがすごいですよね」

「うん!」

「はい」

「…あれ!それ、別に好きって言ってないね?」

「感心はしていますよ」

「なんか違う!」


なんだかちっとも褒められてもいなければ、好かれてる気もしない台詞しかもらえなくて、期待できらきらしていたこの視線は宙ぶらりんになってしまう。いやはや、なんというか、がっかりです。
でも私は、竜崎のこういう素直じゃない、一筋縄じゃいかないところも好きだと感じているのだからどうしようもない、というのが強く出られないところ。


「感心してるところじゃなくて、愛してるところを教えて欲しいんです!」

「はあ。タダでは嫌ですよ」

「えっ!お金取るの?」

「いくら出しますか」


にやりと笑った竜崎が、上目遣いで私を覗き込む。こんな時の人を小馬鹿にしたような面白がっている表情だって、そう、決して嫌いにはなれないわけでして。心のシャッターが勝手に動いてその一瞬を焼き付けてしまうのです。


「寧ろおいくら?言い値で買ってやろうじゃない!」


売り言葉に買い言葉とはまさにこのことで、威勢良く飛びついた私にだらりと投げ出した右手の指を広げてパーを作って見せつけてきた竜崎。
なになに。500円?高っかいわ!


「失礼な。桁が違います」

「えっ!5000円?冗談にしても盛りすぎだよ!」

「私のパーソナルデータですよ。それも、誰も知らない恋人についての情報なんてディープなネタともなれば出すところに出せば500万は下らないでしょう」


あ、開いた口が塞がらない。
どういうわけか、こんなとんでもない与太話を至極真面目に、冗談になんて聞こえない調子で説明してくる彼にびっくりで、返す言葉も見つからない。
こういうミステリアスなところも彼の魅力ではあるのだけれど、まさか本気で言ってるわけじゃないよね?と、100%疑いの目で見つめてみても、顔色ひとつ変えないで「何ですか?」と飄々と返してくる彼について、私はまだまだ知らないことだらけだ、ということなんだ、きっと。


「おねがい!どうにか、もうちょっとまけて!」

「驚きました。値切りますか」

「値切りますよ!そんな新車買えるような大金持ってないもん!」

「お金がないなら身体で払いますか」

「わ!悪者の台詞だよ、それ!」

「別にいいんですけどね。諦めてくれるのならそれで。私は秘密を守りたいので」

「わー!待て待て!」


慌てた私は、竜崎の顔を両手で挟んでこっちを向かせる。ムードとか心の準備とかそういうのが整うのを待っている暇なんてきっとない。
秘密主義の名探偵さんの気が変わらないうちになんとかお支払いしておかなかれば!
焦って押し付けた唇は、微妙に的外れでしっくりこなくて何回かやり直しをしたけれど、ちゃんとキスした。ばっちりした。どうだ!これで文句はないだろ!


「…まさか、今のに500万の価値があると?」

「あるある!さあ、教えて」

「雑にも程がありませんか」

「だって、500万円積まれても他の人にはしないもん。そういう意味では1億円のキスでした」

「誰も買いませんよ」


失礼なことをさらりと言いながら、ちょっと拗ねたように口を尖らせたその顔だって、心のシャッターが逃すはずもないほどには私のお気に入り。
結局彼がどんな意地悪を言って冷たくしても、どんな不機嫌な表情を見せて軽くあしらおうとしても、恋する私にはご褒美にしかならない。
そう考えたら、竜崎って本当に気の毒だ。
だってきっと永遠に、私に敵わないんだから。


「さあさあ、観念して教えてください」

「…」


私はね。
竜崎を好きな理由なんていくらでも思いつくし、全部打ち明けてもいいのなら、いつまでも喋り続ける自信があるよ。どうしてこんなに簡単にそう思えるのか、今となっては分からないけれど。こうして見つめているだけで、大好きだって大声で叫びだしたくなるくらいなんだよ。
竜崎の全部が好き。
まだまだ知らないこともたくさんあるくせに、って自分でも笑っちゃうけど、他に言い様がないんだもの。きっとこれは、揺るがない真実だ。


「お手頃だったので」

「えっ」

「つい、手を出してしまいました」


そして、大きな瞳を瞬かせた彼から不本意そうに打ち明けられたこの言葉を、私は一体どう受け止めればいいんだろう。思考回路が一瞬にして固まってしまう。
お手頃?つい?…なんだそれ、想定外!


「どういう意味?場合によっては怒るし泣く!」

「泣きたいのは私の方です。あなたは自分を安売りしすぎです。50%OFFだなんて信じられません」

「安売りなんてしないよ!」

「でも、2500円だと書いてます」


命に値段を付けるなんていけないことだけど、目安として挙げます。例えば柴犬でもペットショップでは数万円は下らないこのご時世に、2500円って。私の値段が2500円って。どこに書いてあるっていうの。


「ん?50%OFFって」

「はい。セールだったんですね」

「…あ!」


低い温度の大きな掌が髪の毛を避けて、首根っこを包まれたと思ったら、洋服を引っ張られてようやく気付いた。今着ている、昨日買ったばかりのワンピース。

しまった。そうだった。
忘れてた、タグ切るの。

失態に気付いて青ざめた私がペン立てからハサミを掴むと、それを取り上げた竜崎が首の後ろから飛び出ていたらしい値札を切ってくれて、ご丁寧に掌の上に乗せて渡してくださった。
確かに書いてある。
それも赤字で、50%OFFの2500円。
信じられない安売りだ。


「2500円なら買いです」

「せめて定価で買ってよ…」

「あなたの価値、5000円でいいんですか?」

「よくない。じゃあ、竜崎いくら出す?」

「もちろん、言い値で買いましょう」


そう言って笑ってくれたその顔に、心のシャッターは連射モードで大忙し。かっこ悪いミスに落ち込んでる暇なんて、どこにもない。
やっぱり好きで。
大好きで大好きでどうしようもなくて。
竜崎に敵わないのは私の方なんだって思い知るんだ。


「いいの?吹っ掛けちゃうよ?」

「私、結構稼いでますから」


こんな残念なドジをする私を、言い値で買ってくれるという名探偵さん。
なんだかすごく嬉しくなって、居てもたっても居られなくなって、とにかく今すぐ思いっきり抱きしめたくなってしまう。

ああ、そうだ。
お金なんていらないから。
私も、身体で払ってもらおうかな!





















「あれ!結局竜崎は私のどこが好きなの?」

「秘密です」





(全部です。)







- ナノ -