moment_zzz







12月に入って、居間に現れた小さなツリー。日を追うごとに様々なオーナメントで飾られていき、気付けば無意味に電飾まで光っている始末だ。

もうすぐ、クリスマスがやって来る。
特に信仰のない彼女にとって、その日が一体どんな意味を持つのかは不明だが、彼女に限らずこの国では大抵の人間が理由もなくクリスマスを待ち望み浮かれながら生きているらしい。
その証拠に、なんとなく点けていたテレビに流れる情報番組でも話題はそれで持ち切りだ。


《クリスマスに女性がもらって嬉しいもの》
《1位・・・ジュエリー》


提示されたアンケートの結果通り、インタビューを受けた街角の女性たちは、揃いも揃ってジュエリーが欲しい、と発言する。やらせなのか、真実なのか。この情報はどこまで信用できるものなのか。


「あなたも欲しいと思いますか?」

「ええ。ジュエリーって、宝石?みんな、そんなものもらってどうするんだろね」


「飾るのかな?」と、不思議そうに首を傾げた彼女の頭が、そのままこてんと肩の上に乗ってくる。
ジュエリーを宝石そのものだと解釈しているらしいこの人にとって、貴金属や装飾品の類は全くと言っていいほどに価値がないのだろうという再確認だ。
普段から欲しがっている様子はおろか、身につけている姿も目にしない。分かりきっていたことではある。


「では、何が欲しいですか」

「ええ?」

「今なら検討します。私の気が変わらないうちに早く何か欲しがってください」

「わーい!いいの?どうしよう、どうしよう!」


これまで、こういったイベントをことごとくスルーしてきてしまったため、彼女のハードルは地面すれすれの低さ。出会った頃から辟易するほど夢見がちな人のはずなのに、クリスマスプレゼントなど夢にも思っていなかったような反応を見せるとは。
可哀想なことをしてきたのだろうとは思うのだけれど、致し方ない。探偵の年末年始は忙しいのだ。


「欲しいものって実はあんまり思いつかないんだよね。どうしよう」

「前にもそんな話をしましたね」

「そうそう。あってもわざわざクリスマスにおねだりするようなものでもないんだよね」

「たとえばどんなものですか」

「えーと、今ならこんくらいのお弁当箱」

「はい。自分で買ってください」

「あ!あと、ゴムかな!」

「…わざわざそんなものを?」

「あっ、ちがう!あれじゃないよ!ばかやろう!これ、髪の毛結ぶやつ」

「ああ」

「多分これ、もう寿命なんだよね、ほら」


耳の下でざっくりとまとめられていた髪をほどいて、フェルトのような素材で出来たカラフルなそれを両手で弄りはじめたのを取り上げて観察してみると、確かにゴムが伸びてしまっている。


「ちなみにこれは、どういう店で買うものですか」

「100円ショップ」

「100円…あなたって本当に安い女ですよね」


寿命が近いというそのゴムで適当に集めた栗色の髪を結んでやると、安いと言われたことに腹を立てた彼女が、「じゃあ車」「それか家」と、大袈裟なことを言い始める。


「車種は何でもいいですか」

「え?」

「あなたが運転するのであれば、国産車が良いんでしょうね」

「えっと!」

「家も、買うのはいいですけど場所くらいは指定して欲しいです」

「ちょっとちょっと!冗談だよ。本当に買ったりしないでよ?」


以前の自分なら怪しいけれど、さすがにもう、それくらいは解る。
冗談を真に受けたという冗談を真に受けた彼女が焦っておろおろし始めたのを横目で眺めながら、ふたりで過ごせる最後のクリスマスくらいは、時間を作ろうかという気分になっていた。


「本当のこと言うとね、」


そんな私の心の内を見透かしたようなタイミングで、僅かに膨らみ始めた腹を擦りながら彼女が言った。


「クリスマスは、エルが一緒にいてくれるなら私、何にもいらないよ」

「へえ」

「なにそれ。へえ、って」

「可愛いこと言うものだな、と思いました」

「あは!そうでしょ。でも、ほんとだよ。エルがいて、その辺のイルミネーションとか見て、ケンタッキーとケーキを買って食べるの。そういうのがしてみたいなあ」


こんな時の、きらきらと目を輝かせてへらりと笑う彼女の表情は、出会った頃から変わらない。その、気が抜けるような溶けた表情を目にすると、どこかがくすぐったくなるような妙な気分になる。何年一緒に居ても、そうなってしまうのだ。


「イルミネーション。このクソ寒い中、正気ですか」

「えっ?今見なくていつ見るの?」

「風邪をひきに行くようなものです」

「エルって時々お母さんみたいなこと言うね」

「お母さんはあなたなんですけどね」

「そのくらいで風邪ひいたりしないって、大丈夫!」

「ああ、バカだから、ですか」


バカ、という真実を突き付けられて機嫌を損ねた彼女が、目を三角にしてお決まりの怒りの表情を作り、まるで子どものように不貞腐れて見せる。こんな人が母親になるだなんて、と可笑しくなってしまうのは、世の中がクリスマスに浮かれるのと同じくらい自然なことだ。


「母親はバカでも子どもがそうとは限りません。私に似て賢く繊細であれば、一発で風邪ですよ」

「誰が繊細だって?」

「私です」

「何日も寝ないような人、繊細なんて言わないよ」


眉を下げてけらけらと笑い始めた彼女の言うことはご尤もだが、半分は私の血なのだ。もしかしたら本当に何日も眠らず、靴下も履かない、そのうえ犯罪捜査のような、よろしくない遊びを覚える妙な子どもが生まれるのかもしれない。自分にそっくりなその子どもの姿を想像してしまい、ゾッする。それは困る。バカの方がいくらかマシだ。


「でも、本当、エルに似てくれるといいなあ」


もちろんそこまで深刻に考えないのが彼女だ。
一頻り笑ったかと思えば、夢見る様にうっとりと呟き、自分の腹に向かって「賢いジュニア、キミの未来は明るいぞ!」と真剣に語りかける。その滑稽な姿を見ていると、その希望は残念ながら薄いような気がしてくる。


「バカの遺伝子って強そうですよね。今、そんな気がしました」

「こんな風にバカにされる人生なんて、可哀想だもん」

「でもきっと、愛されるでしょうね」


あなたに似れば。
何年経っても色褪せないその笑顔で、何度だって私を射止める不思議な人だから。
生まれてくるこの命にも、そんな彼女の優しさや温かさが伝わって、備わっていますようにと願わずにはいられなくなる。そうなれば、きっとしあわせになる。たとえバカでも、未来は明るいはずだから。

小さな手に自分の手のひらを重ねると、嬉しそうに笑った彼女の身体が揺れる。


「この子が生まれたらね、サンタクロースを信じさせてあげたいな」


そして、唐突に零れた彼女の願いに、記憶の引き出しを探ってみれば、そういえばそんな話を聞いた覚えがあったのを思い出す。
彼女が、物心ついたときからサンタクロースなどいないことを知っていたという話だ。なんだかちぐはぐだな、と意外に感じたのを思い出した。


「やっぱり信じたかったですか」

「そりゃあね。小さい頃から、まわりに気を遣って生きてましたもの」

「でも確か、サンタを信じる幼馴染に真実を暴露したんじゃなかったですか」

「そうそう、一生根に持たれるからね、こういうのは」


未だにクリスマスの時期になると、その幼馴染にまるで罪人の様に蔑まれ恨み言を言われるのだと、嫌そうな顔をして言う彼女。
そもそも何故、サンタクロースの真実を知ってしまったのかと尋ねると、「ほら、うちの父さんと母さんって、いい加減だからさあ」と話が始まった時点で大体予想がついてしまった。適当に隠されていたプレゼントを見つけてしまい、白状されたのだという彼女の話を聞いて、あの両親ならありそうだ、と思う。子どもの夢を守るのも、親の仕事だということだ。

そんな話をしながら、結局彼女が何を欲しがっているのかをまともに聞くことが出来なかったことには気付いていたのだけれど、もうそれはどうでもよかった。

ただひとつ
今年のクリスマスは、事件のふとつやふたつ無視してここに帰ろうと決めたのだった。





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