第四十二話「メスを握って」


「おじさんの目が…!」

ヒューの姪が言ったように

ヒューの目はしっかりと開いていた。

まだ意識がはっきりしないのか

うつろな目で天井を見ている。

「意識が戻った!」

「やったね、黒男さん!」

ブラックジャックも未来も喜んだ。

駆け付けたピノコも史子も

手術を手伝った他の医師もみんなが喜んだ。

「お父さんはどこ?」

ゆっくりとヒューは姪に聞いた。

「あなたのお父さんはもういないのよ。

あなたは65年眠り続けていたの。

もう家族は私以外いないの」

「え?」

ヒューの目が大きく開いた。

そして

「わあああ!!」

大きな声でヒューは叫んだ。

とても大きな声で喜んでいたみんなが目を見張った。

「どうして俺をそっとしておかなかった!」

そう嘆くヒューはどんどん老化が進んでいった。

「きゃ…!」

「未来!」

叫びそうな未来をブラックジャックは

後ろから抱きしめるように口をふさいだ。

そしてすっかり老人になったヒューは息を引き取った。


「黒男さん…」

病院にある礼拝堂の扉の前で

未来は戸惑っていた。

この中に愛するブラックジャックがいる。

しかし助けた患者が亡くなり落ち込んだ彼に

なんと言ったらいいのか

未来には分からなかった。

「おや。

ブラックジャックの奥さんではないか」

そこにキリコが礼拝堂から出てきた。

「あ…」

未来は言葉につまった。

キリコは少し苦手なのだ。

「なぐさめてやらないのか?

まあ彼は無駄なオペをしただけだが」

「そんな…!」

キリコに怒りたかったが

未来は礼拝堂に入った。

ブラックジャックは一番前の椅子で

うつむいていた。

「黒男さん…」

「未来…私はバカだ」

「そんなことない」

握りしめられたブラックジャックの右手を

包むように未来は両手で握った。

「だが患者は…」

「黒男さん

それでもメスを握ってください。

みんなあなたを必要としているし

私もピノコちゃんも手伝うから」

「未来…!」

ブラックジャックはしがみつくように

未来に抱きついた。

そして辺りが夜になるまで

二人は抱きあっていた。

シュタイン博士が倒れたと聞いたのは

二人が礼拝堂を出て少ししてからだった。

倒れたシュタイン博士を診た

ブラックジャックが病室を出てきた。

「黒男さん…」

「シュタイン博士は死んだよ」

「え?」

「そんな…」

未来もピノコもショックを受けた。

「だが大切なことを教えてくれた。

今度はドクタージョルジュに会いに行くぞ!」

ブラックジャックの瞳には

もう悲しみはなかった。


翌朝。

ブラックジャック達はバスで出発した。

それを史子が手を振って見送る。

「バイバーイ!」

「史子さん、元気でね」

ピノコと未来はバスの一番後ろの席で

史子に手を振った。

それを追いかけるように走ったのは

ヒューの姪だった。

「あ、ちぇんちぇー!」

ピノコの声でブラックジャックも

ヒューの姪に気がついた。

ブラックジャックの目に

一生懸命走るヒューの姪の姿があった。

「先生、ありがとう!

おじさんと話が出来て嬉しかった」

姪の言葉は確かにブラックジャックに届いた。

「黒男さん…」

「未来、お前さんの言う通りだな。

私はこれからもメスを握るよ」

「うん!お手伝いさせてね!」

「私も!」

三人は笑いあった。


to be continued