最も愛するの人


今日はジェイド・カーティスにとっても

彼の恋人である未来にとっても

とても大切な日だった。

その日ジェイドは夕方まで仕事で

マルクト軍の基地にいた。

「カーティス大佐

お誕生日おめでとうございます」

部下、特に女性の軍人から人気だったジェイドは

そう言って何度もプレゼントを受け取る一日だった。

今日はジェイドの誕生日なのだ。

今もジェイドは自分の執務室で

金髪の女兵士から真っ赤なバラの花束を差し出されている。

兵士とジェイドは執務室で向き合う形になった。

しかしジェイドは困った顔を見せた。

「お気持ち、とても嬉しいです。

ですがこれはいただけません」

ジェイドは今度は申し訳なさそうな顔でそうきっぱりと言った。

「何故?」

女性も傷ついた顔をしたがジェイドの態度は

変わらない。

「私には大切な人がいます。

ですから他の女性から

こんな綺麗な花束はいただけません」

もう一度断ってからジェイドは

執務室を後にした。

(未来…)

ジェイドの心に浮かぶのは

未来の顔だけだった。


未来はずいぶん前にジェイドからもらっていた

合い鍵を使って

ジェイドの屋敷で一緒に食べるために夕食を

作っていた。

未来はテキパキとビーフシチューとサラダを

同時に仕上げていく。

「ふふ…」

自然と笑顔になってしまうほど

こんなジェイドのために何かができるのが

未来にとって幸せだった。

「いい香りですね」

ちょうどビーフシチューが出来上がった頃

ジェイドが帰ってきた。

「あ!おかえりなさい、ジェイド!」

ピンク色のエプロンを揺らしながら

未来は玄関にいるジェイドに駆け寄った。

それをジェイドは穏やかな笑顔で見て

当り前のように未来を抱きしめる。

未来が大切と言わんばかりに

その抱擁は包み込むような優しさがあった。

こんなジェイドの表情を見られるのも

こうして愛おしく抱きしめてもらえるのも

未来だけの特権だ。

「ただいま、未来。

きっとあなたはこうして

私を待っていてくれると信じていました」

「うん!」

そう言って見つめあった二人の唇は

一瞬だけ重なった。

満たされた気持ちが二人の胸の中にいっぱいに

広がっていく。

「お誕生日おめでとう、ジェイド」

「未来…今年もありがとうございます」

そして交わすお祝いとお礼の言葉。

こうして未来とジェイドが一緒に誕生日を過ごすのは

三度目だ。

「冷めないうちに食べましょう?」

「ええ、いただきます」

未来はビーフシチューをスープ皿に入れようとすると

ジェイドは赤ワインとグラスを取り出した。

「ジェイド、今日は主役だから座っていて?」

「おや。ではお言葉に甘えて…」

ジェイドは軍服のまま木でできた椅子に座った。

そんなジェイドの目の前に未来は

ビーフシチュー、サラダ

二人だけだから小さめのホールケーキを置いていく。

ケーキは真っ白なクリームの上に

五つの小さなイチゴが乗っている。

その様子ははたから見たら

まるで夫婦の様に見えるかもしれない。

「どれもおいしそうです」

「よかった!」

未来も座って

「ハッピーバースデー!ジェイド!」

「照れ臭いですね」

二人はワインで乾杯した。

グラスのぶつかる音が二人の甘い夜の

始まりの鐘の様に未来は感じた。


食事を終えて未来は片づけをしていた。

「未来…」

テーブルのそばに立つ未来を

ジェイドは後ろから抱きしめて

未来の耳元で未来を呼んだ。

先ほど食べたケーキの様に

そのジェイドの声はいつもより甘かった。

「ジェイド?」

突然の抱擁に未来の鼓動が早くなる。

(ジェイドにはいつもドキドキされてばかり)

そう思った未来だが

それは不快ではなくむしろとても嬉しいのだ。

「今夜はここに泊っていけるのですか?」

「うん、そのつもりだけど」

ジェイドは未来を抱きしめたまま聞いて

未来もそっとジェイドの両腕に

自分の両手を添えた。

「それはよかったです。

まあ…帰れないと言われても

帰すつもりはありませんが」

ジェイドはそこまで言うと

少しだけ未来を抱いている腕の力をぎゅっと強くした。

本当は今すぐ壊れてしまうほど未来を

抱きしめたかったが

愛おしい未来にそんなことはできないと

ジェイドの理性がそれを止めていた。

「ふふ…ジェイドらしい」

くすくすと笑った未来の顔をしっかり見てから

ジェイドは未来に口づけをした。

(ジェイド…好き)

(未来が愛おしい)

キスをしながら互いに名前と

愛の言葉を想ったのは二人とも知らない。

とても甘くて長いキスは少しワインの味がした。

「ん…」

終わると未来の口から甘い声が出るほど

二人はキスに酔っていた。

「未来」

ジェイドは未来の顔をしっかりと見た。

「ん?」

未来も同じようにジェイドの赤い瞳を

じっと見る。

ジェイドの目は愛しさによって

いつもより細い。

「あなたがあなたでよかった」

「え?」

突然の甘い言葉に未来は驚いた。

「私の隣にいるのが未来でよかったと

今心から思っています。

あなたは…」

そこまで言うとジェイドはそっと

未来の頬に自分の右手を添えた。

「…」

未来もジェイドの右手に自分の左手を重ねて

ジェイドの次の言葉を待った。

「あなたは私の最愛の人です」

「ジェイド…私もだよ」

ささやかれたジェイドの言葉に

未来は目を潤ませて

自分からジェイドに抱き着いた。

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