第三十八話「湿原」


バチカルを出て、しばらくすると

ナタリアの息があがった。

「ナタリア、たくさん走ったけれど…

大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。

未来は疲れないのですね。

さすがですわ」

ナタリアは気丈に笑った。

「無理しないといいわ。

きちんと話せれば、きっと陛下も…!」

「そう…信じております」

しかし未来の励ましでは

ナタリアの不安はぬぐえないようだ。

「そ、そうだ!

アッシュもあなたの味方…支えじゃない」

「…!!そう、だといいのですけど…」

アッシュの名にナタリアの目が輝く。

「そうですわね。

それより未来こそ

もう少し素直になって」

「え?わ、私?!」

いきなり話をふられ、未来は焦った。

「だって、あんなにも…」

「二人とも、そろそろ湿原に入りますよ」

ナタリアの視線に気が付いたのか

ジェイドは注意した。


イニシタ湿原を抜けて

ベルケンドを目指すことになった。

しかし未来、ジェイド、ガイは

いつも以上に周囲に警戒をする。

「どうしたんだ?三人とも…」

それに気が付いたルークは足を止めた。

「…あの花…」

「やはり、ただの噂ではないようですね」

未来もジェイドも緊張はほぐれない。

「なにか居るって言うのか?」

二人の異変に、ルークも顔をしかめた。

「かなり昔なのだけど…

このあたりで凶暴な魔物が居たらしいの」

「退治しようと

何回も討伐隊が組まれたようですが

結局それはかなわず

その魔物が苦手だという花を植えることによって

この湿原に閉じ込めたと言う話です」

「ただの迷信かと思ってたけど

さっきの花見ただろ?

どうやら…」

「マジ話って事か?」

ガイの話にルークが驚いた直後

ルークの背後に巨大で黒い魔物が通り過ぎた。

「じょ、冗談じゃねーぞ!」

「ルーク、落ち着いて。

大きな声を出したら気づかれてしまうわ」

未来は小声で注意をし

「そうだな…あれが噂の『ベヒモス』か…」

ガイはベヒモスが去った方角を見た。

「未来〜大佐〜。

二人とも討伐隊より強いんだから

やっつけてよ」

「無理言わないで」

「そうですよ。

戦ってもこちらに利益はありませんし

未来がいるとしても

今の私達ではまず倒せないでしょう」

アニスの依頼を未来とジェイドは断り

「戦いを避けて湿原を抜けるべきですね」

ティアもうなずいた。

「ラフレスの花粉を

念のために持っていきましょう」

未来は花粉をできるだけ多く採取した。


「ジェイド…わざとやってるでしょ?」

ベヒモスに比べたら弱い魔物と戦った後

未来はそう口にした。

「いやー気づかれましたか」

「何のことだ?」

ルークは剣を収めながら聞いた。

「ここは湿原だから

水…第四音素が得意な魔物が多いの」

「つまり第四音素の攻撃は

あまり効かないということね」

「そういや、ジェイド

さっきからスプラッシュやセイントバブル

使っているよな」

ガイの言う通り

ジェイドは第四音素の譜術を多く使っていた。

「そういう譜術は効かないどころか

魔物をパワーアップさせる可能性があるわ」

「ええ〜!

なんでそんな譜術使うんですか?大佐」

未来の言葉にアニスは非難をした。

「若者を鍛えさせようという魂胆です♪」

「ひどい…」

ルークが呆れたとき

ナタリアがみんなから離れていることに

ガイが気が付いた。

「…ジェイド!休憩!」

おどけながらも歩いていたジェイドに

ガイはそう叫んだ。

「あなたもお人好しですね」

仕方がなくジェイドはガイに近づいた。

「こんなところでナタリアが怪我でもしたら

バチカルのみんなが泣くからな」

ガイが…全員がナタリアに優しい眼差しを向けた。

「ナタリア…愛されていたのね」

「そうね。

マルクトでもナタリアの功績は聞いていたわ」

「でもお父様は…」

ティアと未来の言葉に

ナタリアはうつむいた。

「陛下がどうしてもキミを拒絶するなら

マルクトにおいで。

キミなら大歓迎さ」

「な、なんだか、照れてしまいますわ」

ガイが言うとナタリアがはにかむ。

「おーい。

ガイにたぶさかされて

マルクトに亡命するなよ!」

ルークは苦笑いをするしかなかった。

「私も大歓迎よ。

私は一人暮らしだから

ナタリアと一緒に暮らしたいわ」

「それは楽しそうね」

「じゃあ、ここの女子全員で

ルームシェアしちゃおうよ」

未来の提案にティアとアニスも賛同した。

「…ふふ…ごめん…なさい…。

嫌ですわ、泣くつもりは…」

ナタリアはみんなに見られないように顔を隠した。

「いいんだよ。色々あってびっくりしたよな」

「ナタリア、これ…」

ガイは優しい声をさらにかけて

触れられない彼の代わりに

未来はハンカチをナタリアに差し出した。

ナタリアは未来のハンカチにしがみつくように泣いた。


「ごめんなさい、みんな。

もう大丈夫ですわ。

未来…ごめんなさい、綺麗なハンカチを…」

「ハンカチなんか気にしないで」

微笑みながら未来は首をゆっくりと横に振った。

「ガイも…ありがとう」

未来からガイへナタリアが視線を移した。

「ナタリアの笑顔を取り戻す手伝いができて嬉しいよ」

「なんだか照れてしまいますわ」

ガイの言葉に、ナタリアは嬉しくなり

ガイに近づいた。

しかし女性恐怖症のガイは慌てて後ずさりをする。

「忘れてましたわ。ごめんなさい」

ナタリアもガイと距離を作った。

「ガイってば、天然たらしだよね」

そんなガイ達には聞こえないように

アニスは未来に話した。

「そうね。

みんなで暮らしたら出入り禁止だわ」

「そ、それはちょっとひどいんじゃない?」

「私もそうならないように気を付けますよ」

未来の提案にティアは焦り

ジェイドはいつもの調子で笑った。


なんとか湿原を抜けようとした時だった。

「しまった!!!」

突然ベヒモスが現れ

未来とアニスをパーティーから引き離した。

「アニス!未来!

あのままじゃやられちまう!!」

ルークは焦って剣を向け

ティアは譜歌を歌い

ベヒモスを眠らせようとした。

「ジェイド!」

「わかってます!」

ベヒモスがひるんだすきに

ジェイドは二人を救出するために走り出した。

アニスは譜術障壁を作り

未来は持っていたラフレスの花粉を

譜術でとばし

ベヒモスから耐えていた。

「未来!アニス!」

「ジェイド!」

ジェイドは未来の腕をひっぱり

アニスも後を追った。

「逃げますよ!」

そのまま全員がイニスタ湿原を出た。


「大佐〜さっきは未来優先でしたよね」

「はい。愛の差です」

アニスの嫌味にジェイドは笑ったが

当の本人の未来は聞いていなかった。

「うわ〜バカップル」

アニスは呆れたが、ジェイドは嬉しそうだった。


to be continued

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