第二十四話「ケテルブルク」


ケテルブルクの街並みを歩いていると

大きな屋敷が目についた。

「は〜。すっごいお屋敷!

ここの人と結婚した〜い」

アニスはため息をついた。

「確かまだ独身でしたよ。

三十は過ぎてますが」

「え、もしかして、ここ大佐の家とか?

だとしたら大佐でもいいな〜」

(え…?!)

アニスの言葉に、未来の胸はなぜか痛んだ。

「そうだとしてもお断りです」

ジェイドはアニスに微笑み

もう一度屋敷を見上げた。

そして、ここは王位継承の争いで

ピオニー陛下が軟禁されていた屋敷と説明した。

そんなジェイドの説明が終わると

今度こそ知事の屋敷に向かうことになった。

しかし未来は立ち止まったままだった。

(なんだったの?あの痛み…)

「おーい、どうした未来?」

ガイが心配そうに声をかけ

「なんでもない!」

未来はみんなのところに走った。

(気のせいだわ、きっと)

そう思いながら…。


「お兄さん!?」

「お兄さん?え?マジ!?」

どうやらケテルブルクの知事は

ジェイドの妹だったらしく

ルークが大げさに驚いた。

「やあ、ネフリー。久しぶりですね。

あなたの結婚式以来ですか?」

ジェイドはいつものように笑ったが

ネフリーと呼ばれた女性は

驚きがおさまらなかった。

「どういうこと?

アクゼリュスで亡くなったって…」

「実はですねえ…」

ジェイドは説明を始めた。

いつも説明を頼まれるガイと未来は

見つめあい、手でピースを作った。


「なんだか途方もない話だけれど

無事で何よりだわ」

説明が終わると

ネフリーは安心したようにため息をついた。

「念のためタルタロスを点検させるから

補給が済み次第

未来さんと一緒にピオニー様にお会いしてね。

二人のことを、とても心配しておられたわ」

「私もですか?」

ネフリーに突然名を呼ばれて、未来は驚いた。

「おや。

私と未来は死んだ

と思われているのでは?」

「お兄さん達が生きてると信じていたのは

ピオニー様だけよ。

それくらいお兄さんも未来さんも

信頼されているのね」

「陛下…」

ネフリーが未来に微笑み

未来はその言葉に嬉しくなった。

「皆さんも出発の準備ができるまで

しばらくお待ちください。

ホテルをお取りしておきます。

ゆっくりお休みください」

「ひゃっほーい!ホテルだ!」

その言葉に全員

特にアニスが嬉しそうに部屋を出ていこうとした。

「未来さん…ルーク殿…」

しかし未来とルークは

小声でネフリーに呼ばれた。

「すみませんが、お話があります。

後ほどお二人でいらしてください」

「へ?」

「わかりました」

ルークは間抜けな声を出し、未来は頷いた。


ホテルで受付を済ませた後だった。

「あ、俺ネフリーさんトコに忘れ物した。

行ってくる」

「あら、ルークも?私もよ」

ルークと未来は不自然な嘘をついた。

ガイ達は一緒に行くと言い出したが

「あーもう、うぜえって!

俺と未来だけでいいよ!

ほら、未来!行くぞ!」

「え?わかった」

ルークが未来の手を引き

二人はホテルを出た。


「僕はご主人様といつも一緒ですの〜」

ホテルに出ると

ミュウがぴょこぴょことついてきた。

「ブタザルも帰れ」

「まだそのあだ名で呼ぶのね」

そう言って未来はミュウを抱き上げた。

「足が冷えちゃうわ。

一緒に行きましょう。

いいわね、ルーク」

「あ、ああ…」

「未来さんは優しいですの〜」


再びケテルブルク知事邸へ入ると

ネフリーが真剣な顔で待っていた。

「すみません。

レプリカであるルーク殿と

兄の恋人である未来さんに

どうしても兄のことを

話しておかなければと思ったんです」

ルーク達をソファに座らせて

向かい合うようにネフリーも座った。

「こ、恋人ぉ?!」

ルークは初耳と言わんばかりに叫び

「私とジェイド…さんはそんな関係では…」

未来も慌てて否定した。

「そうなのですか?

すみません…

お二人の仲の良さを見ていて、てっきり…」

「いえ、謝られることじゃ…」

申し訳なさそうにネフリーに見られた未来は

焦った。

「でも仲が良いのは事実なんだから

未来も聞いたらどうだ?」

「それでも構いませんか?」

「ええ。

兄があんな笑顔をするのは

初めて見ましたから」

ネフリーは頷き、話し始めた。

「兄が

何故フォミクリーの技術を生み出したか…

です」

パチパチと暖炉の薪が爆ぜる音が響いた。

「今でも覚えています。

あれは私が不注意で

大切にしていた人形を

壊してしまった日のことです。

兄は人形のレプリカを作ってくれたんです。

兄が九歳の時でした」

「し、信じられねぇ」

「そんな子供の頃から…」

「そうですよね。でも本当です」

驚く二人に、ネフリーが頷く。

「普通なら同じ人形を買うのに

兄は複製を作った。

その発想が普通じゃないと思いました」

「普通じゃないって、そんな言い方…」

ルークが前のめりになった。

「今でこそ優しげにしていますが

子どもの頃の兄は悪魔でしたわ。

大人でも難しい譜術を使いこなし

害のない魔物たちまでも

残虐に殺して楽しんでいた。

兄には生き物の死が、理解できなかったんです」

「そんな風には見えないけど…」

(いいえ、ジェイドは確か…)

ルークは否定したが

未来は心の中で納得した。

『私は人の死というのが、まだ理解できない』

ジェイドは拿捕されたタルタロスから逃げた後

ルークに自虐的に言っていた。

「兄を変えたのはネビリム先生です。

ネビリム先生は第七音素を使える治癒師でした。

兄は第七音素が使えないので

先生を尊敬していたんです。

…そして悲劇が起こった」

辛そうにネフリーは立ち上がり

窓の外の銀世界を見た。

「第七音素を使おうとして

兄は誤って

制御不能の譜術を発動させたんです。

兄の技術はネビリム先生を害し

家を焼きました」

「なんですって?!」

「殺しちまったのか!?」

未来やルークも、驚いて席を立つ。

「その時は辛うじて生きていました。

兄は今にも息絶えそうな先生を見て

考えたんです。

『今ならレプリカが作れる

そうすればネビリム先生は助かる』」

「っ!?」

未来は息をのみ、ルークも呆然とした。

「みゅ〜」

足元で悲しそうにミュウが鳴いた。

「兄はネビリム先生の情報を抜き

レプリカを作成した。

でも誕生したレプリカは、ただの化け物でした」

(そうだわ。最初の生物レプリカは…)

今度はベルケンドで

スピノザと言い争ったジェイドを

未来は思い出した。

「本物のネビリムさんは?」

「亡くなりました。

その後、兄は才能を買われ

軍の名家であるカーティス家へ

養子に迎えられました。

多分兄はより整った環境で

先生を生き返らせるための勉強が

したかったんだと思います」

「まさか、死霊使いと呼ばれたのは…

実験のために?」

「ええ。未来さんのご想像通りです。

死体から

フォミクリーの情報を抜き取っていました」

未来のつぶやきに

ネフリーは振り返って頷いた。

「でも今は

生物レプリカを禁忌としているはずです」

「どうして?」

未来達は納得がいかなかった。

「ピオニー様のおかげです。

恐れ多いことですが

ピオニー様は兄の親友ですから」

「陛下が…」

未来も仲良さそうにしている二人は

何度か見ていた。

「でも本当のところ

兄は今でもネビリム先生を復活させたいと

思っているような気がするんです」

「そんなことないと思うけどな」

「杞憂だと思います。

今のジェイドさんはそんなことはしません」

きっぱりと未来は言った。

「そうですね。

それでも私は

あなた達が兄の抑止力になってくれたらと

思っているんです」

ゆっくりとネフリーは、ルークと未来を見た。

「話が長くなってしまいましたね。

聞いてくださって、ありがとうございました」

すべて話したネフリーは笑った。


ネフリーと挨拶をする以外

未来とルークは無言で知事邸を後にし

ホテルまで戻ることにした。

二人の足跡が、雪の上についた。

「未来…今の話、どう思う?」

「そうね。

ジェイドに、そんな過去があったなんて…」

ミュウを抱いた未来はまだ動揺していた。

それはルークも同じだった。

「驚いたし、ジェイドも辛かったんだと思うわ」

『未来…あなたは私を軽蔑しますか?』

ユリアシティでの苦しそうなジェイドの顔を

思い出し

未来はミュウを抱く腕に自然と力が入った。

「未来さん?」

「あ、ごめんなさい。痛かったわね、ミュウ」

未来が慌てた時

再びホテルへたどり着いた。


しかし、ロビーには…

「ネフリーから話を聞きましたね」

張本人のジェイドが待っていた。

「き、聞いてない」

「何のことかしら」

「二人とも悪い子ですね。嘘をつくなんて」

とぼけようとした二人に、ジェイドは近づく。

「なんでバレたんだ」

「さすが、ジェイドだわ」

未来達は観念した。

「まあいいでしょう。

言っておきますが

私はもう先生の復活は望んでいません」

「ホントか?ホントにか?」

ルークは心なしか嬉しそうだった。

「理由はあなたが一番よく知っているでしょう。

レプリカに過去の記憶はない。

許してくれようがない」

ジェイドは、まっすぐにルークを見た。

そう、ルークにも七年前からの記憶しかない。

「俺だって、同じことをしたと思う…」

「やれやれ。なぐさめようとしていますか?」

ジェイドはルークに微笑んだ。

「いささか的はずれですが

まあ、気持ちだけいただいておきます」

ルークばかり見ていたジェイドが

今度は未来を見た。

「それより

このことは誰にも言ってはいけませんよ。

いいですか?」

「わかった」

「もちろんよ」

二人は頷き

「ミュウもですの!」

ミュウは手を挙げた。

「約束しましたよ」

満足したようにジェイドは笑った。


「ジェイド、あの…」

ルークは部屋へ行ったが

未来はジェイドから離れられなかった。

「未来…

私は、ネビリム先生に許しを請いたいんです。

自分が楽になるために」

ルークが乗ったエレベーターを見ながら言ったジェイドは

苦しそうだと未来は思った。

「私は一生過去の罪に苛まれて生きるんです」

未来を振り返ったジェイドは

あきらめた顔をしていた。

「罪って…ネビリムさんを殺してしまったこと?」

「そうですね。

人が死ぬなんて大したではない

と思っていた自分かもしれません」

ネフリーのように窓を向いたジェイドに

未来は近づき

「未来?」

後ろからジェイドを抱きしめた。

「ジェイド。

あなたは、もう一人じゃないわ。

みんながいるじゃない。私だって…」

「そう、ですね…」

ゆっくりとジェイドは

未来の自分にまわされた腕に触れた。

「ありがとうございます、未来」

「いいのよ」

そう言って未来はジェイドから離れた。

「もう休むわね。

明日からたくさん歩くんだから」

そう言って未来も

エレベーターで自分の部屋へ向かった。

「まったく。あなたは…私を…」

ジェイドはしばらくその場を離れなかった。

その顔はとても穏やかだった。


to be continued

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