『跡部のことが…─好き、だから』
うっかりそんなことを口走ってしまった私は絶賛後悔中で、あれから跡部とは1回も顔を合わせていない
──私が、逃げているから
家でも学校でも跡部を見かけるとUターンして一目散に逃げる
跡部に否定されるのが、怖いから
私は弱いんだと思う
初めて本気で誰かを想って初めて気持ちを伝えてしまった
初めて尽くしで自分でもどうしていいか、分からないんだ──
そんな日々が3日目に突入したある日の夜、私は跡部のことを考えながら長い廊下を一人で歩いていた
「いつまでもこのままじゃダメ、だよね…」
このまま跡部と会わないなんて無理だし、やっぱり会いたいって思ってしまう…─
でも、どうしたらいいの?
跡部の気持ちなんて怖くて聞けないよ…
うん、やっぱり無かったことにしてもらおう
それで前みたいな関係に戻ろう
そう決心した私は跡部の部屋へと向かった
「うぅ…やっぱり緊張する…」
決心したものの私はドアノブを回せずにいた
私ってこんなに優柔不断だったんだな…
自分自身に嫌気が指す
「っよし!」
意を決してドアノブを掴んだその時──
「ひゃっ、」
内側から扉が開けられ、私はドアノブに引っ張られるように室内へと飛び込んだ
「っと…沙織…?」
私のよろけた体は扉を開けた部屋の主によって受け止められた
「あ、跡部…」
跡部が触れる場所がじんわりと熱を帯びる
「お前…」
「あっ、あの!ちょっと話、いいかな?」
眉間にシワを寄せた跡部が何か言おうとしたがそれを慌てて遮った
部屋に入ってゆっくりと跡部に向かい合う
「あのね…こないだ言ったことなんだけど…」
「……ああ」
「無かったことにしてくださいっ!」
思いっきり頭を下げて告白の取り消しを訴えた
「………あーん?お前ふざけてんのか」
跡部の低い声に私は恐る恐る顔をあげる
「無かったことになんか出来るわけねぇだろうが」
すると跡部は怒ったような、切なそうな…そんな表情で私との距離をつめる
「えっと…」
私は跡部の迫力に身を縮ませることしかでしない
「確認するが…お前は、俺様のことが好きなのか?」
「っ、」
跡部に訊ねられ、顔が、体がカッと熱を持つ
もう、誤魔化すことはできない──
私は意を決して跡部の目を見つめた
「…うん、私は跡部が…好き」
「…そうか」
何となくぎこちない沈黙が部屋を満たす
「…なんでお前は無かったことにしろなんて馬鹿なことを言ったんだ?」
少しして跡部がゆっくりと口を開いた
「だって…跡部の気持ちを聞くのが…怖かったから…」
小さい声でずっと不安に思っていたことを口にする
「……お前は忘れろって言ったがな…そうしたら、俺様の気持ちはどうなるんだよ」
跡部が絞り出すように発した言葉に
「…え?」
私は思わず聞き返した
「俺様が、お前を想っている気持ちはどうなるんだって言ってんだよ」
跡部が、私を想う気持ち──…?
「どういう、意味…?」
ドクンドクンと心臓が脈を打つ
跡部はもう一歩私に歩みより、触れ合うほどにまで距離が縮まる
「お前が…─好きなんだよ」
そう言われたかと思うと、ぎゅっと痛いほどに抱き締められた
「う、そ──…」
私は跡部の腕の中で全身の力が抜けるのを感じた
「嘘じゃねえよ、ばーか」
そう言った跡部の声は、すごく優しくて…心地のよいものだった
「だって…跡部には初恋の人が、いるんでしょう…?」
跡部も、私が好き─?
そのことがうまく受け入れられずに私は引っ掛かっていたことを訊ねる
すると、跡部は私を抱き締める力を緩めて私の目を覗き込んだ
「……俺様の初恋相手、それは…─沙織、お前だ」
「……え?」
跡部の言葉に私は目を見開く
だって…─私、跡部のことなんて…
知らなかったよ…?
跡部の目は真剣そのもので、嘘をついているとは思えなかった
『──ちゃん』
ズキッと頭の奥に微かな痛みが走る
「俺様とお前は、小さい頃に会ってるんだ」
「……」
ザワザワと、記憶の奥深くがさざ波を立てる
「お前は…事故で、その頃の記憶を無くしたらしい」
『───沙織』
『──ちゃん!』
「あ、とべ…私……」
ドクッドクッと、さっきとは違ったリズムで心臓が軋む
「─…お前が思い出せないなら、俺様が思い出させてやる」
「え…─?」
跡部が小さな声で発した言葉に、私は思わず顔を上げると
「─っ、んっ」
クッと顎を掴まれたと認識したと同時に、跡部の顔が近づいて──
─…跡部に、唇を塞がれた
The important thing which I have dropped.
(落としてしまった大切な物)
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雲の空耳と独り言+α
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