さて、勝手な祖父母の都合で再び跡部邸に身を寄せることになった私は今、ちょっと困ってます
なぜかと言うと…─
「あーん?何突っ立ってんだよ、早く寝るぞ」
「わ、わかってる…」
跡部邸で暮らす、すなわち跡部と同じベッドで寝るということで
しばらく離れて過ごしていたこともあり、すっかり跡部に対する免疫力が低下している私
跡部は当たり前のようにベッドに入るように言ってくるが私は意識しすぎてなかなか動けずにいた
先にベッドに入った跡部は不可解そうに私を見ている
「お、お邪魔します…」
私は意を決してベッドの際の際に潜り込んだ
うぅ…端どうしとはいえ、気になるよ…
私、今までよく平気だったな…
跡部の方に背を向けながら悶々と考え込んでいると、カサッと布団が擦れる音がした
「ん?…ひゃっ、」
何かと振り向いたと同時にグイッと布団の中で腰を引き寄せられた
気付いた時には、跡部の腕の中にすっぽり収まっていた
「あああ跡部っ!?な、なっ何…っ!」
突然跡部の温もりに包まれ、私の体温は一気に上昇した
逃れようと抵抗を試みるが、腰をがっちり固定され、あろうことか更に強く抱き締められる
「大人しくしてろ…」
息を吐き出すように小さく呟いた跡部の声に、私の体の強張りがふっと解れた
「お前がいなくなってから…寝付きが悪いんだよ」
キュッと手に力を込められ、私は戸惑いながらも跡部の服の裾を軽く握った
どうしよう…
こんなにくっついてたら、ドキドキが伝わっちゃうよ…─
しばらくして跡部から規則正しい寝息が聞こえ、私もゆっくりと意識を手放した──
翌朝、目を覚ますと例のごとく跡部の腕の中にいて
心臓が早鐘を立てるが、跡部邸に戻ってきたことを実感する
そっと緩んだ跡部の腕の中から抜け出そうとした時、跡部の手に力が込められて抱き締め直されてしまった
「あ、とべ…?起きてるの?」
「ん…」
そっと跡部の顔を窺うと、その両目はしっかりと開かれていた
「お前昨日…」
「え…?」
そして跡部はゆっくりと視線を下げ、私の目を見据えながら口を開いた
「俺様の初恋相手がどうとか言ってやがったな…」
「あっ…」
そうだった、思わず口にしちゃったの忘れてたよ…
跡部からしたら話してもいない私がそのことを知っているなんていい気はしないに決まってる
「ご、ごめんね?忍足くんに…聞いちゃって」
恐る恐る白状すると、跡部は
「そうか…」
と少し寂しそうな…だが納得したような顔をした
どうして跡部は子供の頃の話になると、そんな悲しそうな顔をするんだろう…?
「それで、お前は気になるのか?」
「えっ?な、なにが?」
「俺様の初恋相手」
た、確かに気になるけど…
─それより
「今、跡部に好きな人がいるか…って方が気になるよ」
「…あーん?何でだ」
そう言うと、跡部は訳が分からないといった風に眉を寄せた
──…何故だか分からないけど、その時の私の心はひどく落ち着いていて
「跡部のことが…─好き、だから」
自然とその言葉が口から出てしまった
「……は?」
跡部の声にハッと我に返った私は、取り返しもつかない発言をしてしまったことを認識し、一気に顔に熱が集まるのを感じた
「お前…」
「わああっ!なっ、なんでもない!今の忘れてーっ!」
慌てて跡部を突き飛ばすと、学校の用意をガバッと掴んで跡部の部屋から飛び出した
取り残された跡部は、沙織が出ていった扉をボーッと眺めていた
『今、跡部に好きな人がいるか…って方が気になるよ』
『跡部のことが…─好き、だから』
頭の中で先程の言葉を反芻する
「アイツ…本当に…─?」
跡部は体を起こすと、赤くなった顔を左手で押さえた
ばかばかばかばかぁーっ!
私は廊下を駆けながら自分の頭をパコパコ殴った
何でっ、あのタイミングでっ、こ、告白なんか…っ!
跡部ともう顔合わせらんないよぉ…っ!
その後、私は斉藤さんに泣きついて跡部と別々で学校まで送ってもらった
学校でも跡部に会うのが怖くて、見かける度に逃げ出した
会うのが怖い…?
ううん、違う…
私は気持ちを否定されるのが、怖いんだ
その日から登下校はおろか、寝泊まりする場所も斉藤さんにお願いしまくって別室を用意してもらった
そうして徹底的に跡部から逃げる日々がしばらく続いた
Shall we run or stay?
(逃げようか留まろうか)
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夜風にまたがるニルバーナ
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