おばあちゃんとおじいちゃんが日本に帰って、くる…?


突然知らされた祖父母の帰国の知らせ


つまりそれは、祖父母がいない間住まわせてもらうという名目でお世話になっていた跡部の家を出て元の生活に戻るということ──




「実家に、戻るのか?」

「…うん、多分」

「……そうか」


先程とはまた違った沈黙が部屋に満ちる




元々おばあちゃん達がいない間って話だったし帰るのは当たり前じゃん

いつかは帰らなきゃダメなんじゃん


なのに…


何で"嫌だ"なんて思うんだろう

何で"ここにいたい"って思うんだろう


ううん、分かってる

それは、跡部の側を離れたくないから…


そうだよこの気持ちはただの私のワガママ

跡部には好きな人がいるわけだし…私の存在は迷惑なのかもしれない


これはいい機会なのかも

離れたら…気持ちの整理がつくかもしれないから










「色々お世話になりました」


結局あの後お互い黙りこんでしまい何も話をすることができずにあっという間に翌日になってしまった


夕方、いつものように帰宅すると、すでに祖父母が来ていて呑気にお茶なんて飲んでいた


見送ってくれた斉藤さんにお礼を言うと


「いえ、またいつでもいらしてください」


斉藤さんはどこか寂しそうに深々と頭を下げた


見送りの場には跡部の姿は見えず、私はキョロキョロ辺りを見回してその姿を探す


「景吾様はお部屋でございます。お声かけしたのですが…」


その様子に気付いた斉藤さんが言いにくそうに言った


「そう…ですか」


ちゃんと、お礼とお別れ言いたかったんだけどな…


「じゃあ沙織、帰りましょうか」

「…うん」


おばあちゃんに促され、跡部邸の正面扉を出ようとした




『沙織!』




「…っおばあちゃん、ごめん!私忘れ物してきちゃった!」




──やっぱり会いたい

学校で会えるけど…今、会いたい


「…しっかり取っておいで」


おばあちゃんの優しい声を背に受けながら私は広い廊下を駆けた






長い長い廊下を跡部の部屋を目指して一目散に走り抜ける


最初に来たときは迷ってしまったこの豪邸も、今や大体の見取り図は把握している


曲がればすぐに跡部の部屋がある角に出たとき、向かう方向から飛び出してきた人物と衝突してしまった


「きゃっ…!」


後ろに転びそうになるが、腕を強く引かれたために転倒は免れた


「ったく、気を付けろって言っただろうが」

「…え」


聞き慣れた、聞き焦がれた声に顔をあげるとそこには今まさに会いに行こうとしていた人物の姿が


「跡部…な、んで」


なんで廊下にいたの?


少し荒い息、跡部の肩越しに見える開け放たれた扉



─もしかして見送ろうとしてくれてたの?



「跡部…っ!」


私は溢れる涙を見られないように跡部の胸に額を押し付けた


すると跡部は少し躊躇った後、優しく私の頭を撫でてくれた


「跡部、ありがとう…ここでの生活…楽しかったよ?」

「…そうか」

「…最初はぶっちゃけ嫌だったんだけど」

「あーん?」

「色々あったけど…跡部にいっぱい迷惑かけたけど…本当に楽しかった。勝手に出ていった時は助けてくれてありがとう…すごく、嬉しかった…それ以外も、いっぱいいっぱいありがとう…っ」


どんなにありがとうって言っても言い足りないよ…


何度も繰り返しありがとうと言っていると、跡部は私の頭をクシャッと掻いた


「…礼を言うのはこっちの方だ」

「え?」


思わず顔を上げると跡部は少し驚いたように私の顔を見た



あ、やば…泣いてるのバレちゃった…



「ったく…泣くんじゃねぇよ」


グイッと指で涙を拭われると、今更くっつくほどの距離にいることを意識してしまい顔が熱くなる


跡部はというと、優しい目で私を見てゆっくりと口を開いた


「…お前が来てから毎日退屈しなかったな」

「えぇー…」


私が不服そうな声を出すと喉を鳴らして跡部は言葉を続けた


「くっ、まあ最後まで聞きやがれ。お前が側にいて…色々なことに気付かされた。ったく、俺様をここまで乱すやつは初めてだぜ」



乱す…?どういうこと?


私が言葉の真意が分からずに首を傾げると


「…ばーか」


そう言って跡部は私の鼻をつまんだ


「ふぐぅっ」


むぅーっと跡部を睨み付けるも、何だかおかしな気持ちになりクスクスと自然と笑みがこぼれた


「…そうやって笑ってろ」


すると跡部も優しく微笑んでこう言った


「え…?」

「泣き顔よりそっちの方がよっぽどマシだからな」

「ひ、ひどっ」


今朝までの気まずさはどこへやら


いつものように他愛のない話で笑い合えていることが嬉しい



ずっとこうしていたいけど…



「おばあちゃん達が待ってるから…もう行かなきゃ」


そっと跡部から離れて来た道を戻ろうとする


「っ…沙織!」


すると腕をぐっと引っ張られ、私は跡部の腕の中に飛び込む形となってしまった


跡部は私の背中に手を回し強く私を抱き寄せる


「あ、とべ?」

「少し…黙ってじっとしてろ」


ぎゅうっと強く抱き締められ、私も遠慮がちに跡部の背に手を回してしばらく跡部に身を任せた




肩を掴まれてそっと体を離され、跡部と向かい合う


「…じゃあな」

「…うん、また…学校で」


名残惜しさを感じながらも私は祖父母が待つ玄関へと向かった





…あんな風に抱き締められたら、また気持ちが大きくなっちゃうよ





元の生活に戻るだけ



それだけなのに…跡部の存在を知ってしまった今、私の心にはポカリと穴が開いたような気がする


車に乗り込み、だんだんと小さくなる跡部邸を私はじっと見つめていた


In the future, I cannot do it by a calculation.
(未来は計算できません)

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雲の空耳と独り言+α




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