『お前は…覚えていないのか?』
そう言った跡部の目は哀しげに揺れていた
あの後、斉藤さんの迎えで家に帰ったが跡部は何かを考え込むように黙ってしまった
私は跡部がお風呂に入っている間、ベッドに体を投げ出してじっと指輪を眺めていた
跡部はこの指輪のことを知っているの?
あの夢と何か関係があるの?
考えても頭の中は靄に包まれてしまい幼い頃の記憶は何も思い出せなかった
「で、どうだった?跡部さまとのデートは」
翌日学校に着くと早速デートの詳細を彩花に問いただされた
私は何となく指輪のことは言えなくて、それ以外を彩花に話した
「へぇーでもなんか意外だわ」
「なにが?」
話を聞き終えた彩花は、どこか感嘆したように息をついた
「跡部さまがそんな庶民デートに付き合ってくれることもだけど…すごいアンタに心開いてるって感じじゃない」
「そ、そうかな?」
彩花にそう言われ、何だか嬉しくなる
だけど…
まあ一緒に住んでるわけだし…ギスギスしてる方が変な気がする
「でさ、跡部さまは好きな人とかいないの?」
「…え?」
ぼんやり思いを巡らせているたため、彩花からの問いかけに間の抜けた声を出してしまった
「え?はこっちのセリフなんだけど…普通好きな相手の好きな人って真っ先に気にするところじゃないの?」
「じ、自分のことでいっぱいいっぱいで気が付かなかった…」
「ばか」
ほ、ほんとだ…
私、自分の気持ちに気付いて浮かれてたけど…跡部に好きな人がいるかなんて考えたこともなかった
跡部…好きな人いるのかな?
「忍足くん」
跡部のことを探るなら忍足くんという単純な方程式が出来上がっている私は、忍足くんが一人のところを狙って声をかけた
「ん?西園寺さんやん、どないしたん?跡部なら…」
「ああ、違うの、今日は忍足くんに用事があって」
「俺に?」
私がそう言うと、忍足くんは自分を指差して不思議そうに首をかしげた
「うん…ってゆーか名字呼びに戻ってるね」
私が指摘すると、忍足くんは苦笑いを浮かべた
「跡部に釘刺されたからなぁ」
「跡部に?」
どういうこと?
よく分からないけど、まあいいか
「そういえば映画はどうやった?」
要件を訊ねる前に忍足くんからもデートについて聞かれてしまった
チケットを貰った手前、やっぱり話さないとダメだよね
「かくかくじかじかで」
「ほーん、そうか…あの跡部がなぁ」
ざっくりと説明すると、忍足くんは何やらニヤニヤと含み笑いをした
「跡部も楽しかったんちゃう?」
「そうだったらいいけど…」
最後の様子が思い出されて私は俯いてしまう
「ん?どないかしたんか?」
そんな私の様子を心配そうにする忍足くん
「…ねえ忍足くん、跡部から何か特別な話聞いたことある?小さい頃の話、とか…す、好きな人いるのか…とか」
最後の方はボソボソ呟くようになってしまったが、私が訊ねると忍足くんは少し考え込みこう言った
「はっきりと好きな人がおるとは聞いてへんけど…大事にしてる子はおるやろなぁ」
「大事にしてる子…」
忍足くんは何故か優しい目付きで私を見ていた
「あぁ、あとな…これは内緒やけど跡部にはなんや忘れられへん初恋の相手がおるんやて」
ざわ
「初恋の、相手…?」
私が小さく訊ね返すと、忍足くんは続けた
「ほんまに小さい時やから名前とかは覚えてないらしいけど…最近その相手らしい人を見つけたみたいやで?跡部が今まで唯一好きになった子や」
どくん どくん
心臓が嫌な音を立てて軋む
「そっ、か…」
乾いた口でやっとのことでそれだけ言うも忍足くんは私の様子に気付かずに話を続けようとした
「俺の口からはあんまり言われへんけど、その子は─って、西園寺さん?」
私はそれ以上話を聞いていられなくて黙って忍足くんに背を向けて走り出した
「あー…変に誤解してもうたかな?…失敗したかもしれへんな」
跡部、堪忍な
忍足は走り去った沙織の後ろ姿を困ったように眉を下げながら見つめた
私はしばらく走って人気のいない階段に座り込んだ
跡部に忘れられない初恋の相手がいる…?
跡部が唯一好きになった子…?
…最近その子を見つけた?
忍足くんが言った言葉がグルグル頭を駆け巡る
跡部は、まだその子のことが好きなの?
唯一好きになった初恋の相手とか…
「敵わないじゃん…」
跡部…いつかその子のところに行っちゃうの?
胸が苦しい、切ない、泣きそうだ
そんな相手がいるならさ、期待させるようなことしないでよ
許嫁だなんて…やっぱり無理なんじゃん
─心に決めた人が、いるんでしょう?
「…ふふっ」
あぁ、私…ほんとどうしようもないくらい跡部が好きだなぁ
ポロっと目から涙が零れた
─どうしてこんなに好きになっちゃったんだろう
「…跡部ぇ」
私は声を殺して密かに涙を流した
Love is blind.
(恋は盲目)
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夜風にまたがるニルバーナ
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