『────』
あれ?ここどこ?
─あれは、誰だろう?
私の視線の先には小さな女の子と男の子の姿が
楽しそうに微笑み合う二人
ふいに男の子が女の子の額をつん、と小突いた
『もぅ…──ちゃん』
ほのかに頬を赤く染めた女の子は男の子の名前を呼んだ
が、肝心の名前は聞こえなくて…─
徐々に回りの音が遠くなっていった
「う、ん……夢?」
目を開けるとそこはいつもの跡部の部屋で
私はいつものように跡部の腕のな、か─
「どわわっ」
そのことを認識してぼんっと体が熱くなった
いやいやいやいや
今までもそうだったじゃん何で熱くなってんのさ
そろりとベッドを抜け出し、いつもと違う熱を感じながらも洗面所に向かった
仕度を終え、私は鏡を覗き込み気合いをいれるべく、ぱちんと自分の頬を叩いた
「よっし!」
跡部に受け入れてもらったものの、嫌がらせの件をそのままにするわけにはいかない
私は顔を引き締め、跡部と共に学校へと向かった
靴箱を覗き込みとそこには飽きもせず入れられた手紙が数通
もう大体誰だか目星はついている
私はその人物の靴箱に1枚のメモを忍ばせ、教室へと向かった
そのメモの内容は
『放課後、渡り廊下でお話ししましょう』
というもので
私は授業が終わると渡り廊下へと向かった
私が着いたときにはもう10人ほどの女子生徒が集まっていた
おうおう、集まってるじゃないか
「わざわざごめんなさいね、もういい加減私も我慢の限界だからさぁこの際直接言いたいこと言い合いましょうよ」
私は腕組みをしてその集団に話し掛けた
すると口々に女子生徒たちは私を罵倒し始めた
「跡部さまから離れなさいよ!」
「図々しいのよ大して可愛くもないくせに!」
「アンタなんかじゃ不釣り合いなのよ!」
はぁ…どれもこれも手紙に書かれていたのと似たり寄ったりの内容
「で、言いたいことはそれだけ?」
大方聞き終えた私はぐるりと回りを見渡した
一向にこたえた様子のない私の態度に女子たちはたじろぐ
「う…あ、跡部さまの前から消えなさいよっ!」
「なんで?」
「なんで…って」
聞いたそばからしどろもどろになる
「なんでアンタたちにそんなこと決められなきゃならないわけ?こんな人目にもつかないように陰湿なことしかできないアンタたちに」
ザワザワと女子たちは顔を見合わせたり気まずそうに顔を背けたりする
「跡部さま跡部さまなんて言ってキャッキャすることしか出来ないんでしょう?群れて行動しなきゃ何にも出来ないんでしょう?そんなアンタたちに私は負けない」
真っ直ぐに一人一人に視線を投げ掛けるも、彼女たちはすっかり小さくなってしまっていた
「あ、アンタは跡部さまの…何なの?」
そのうちの一人が絞り出すように再びそう聞いてきた
「…何なんだろうね」
一応、まだあの話が消えていないのであれば…私たちは許嫁ってことなんだけど
「じゃあ、なんで跡部さまの近くにいるの?」
「それは………私が、アイツの側にいたいから…なのかな…」
この質問には自分に問いかけるような形になったが、その質問を最後に女子たちは口を閉ざした
「もういいかな?ってわけだからこれから一切の嫌がらせ行為はやめてね。じゃ」
そう言い残して私はその場を後にした
「何なのよ…あの女は…」
残された女子たちが呻くようにそう言った時、どこかから笑い声が聞こえてきた
「あっはっは、やっぱり面白い女だなアイツは」
「あ、跡部さま…!?」
そこには腕組みをして壁にもたれかかる跡部の姿が
「い、いつから…」
「あーん?お前らがアイツのことを口々に罵ってる辺りか?」
たまたま通りかかったら複数の女子と面と向かう沙織の姿を見かけた跡部は、静かに様子を見守っていたのだった
「完全にアイツに言い負かされたようだな」
泣きそうに頭を垂らす女子たち
俺が何を言うまでもないか
そう判断した跡部はその場を去ろうとした
「あのっ…」
するとそのうちの一人が震える声で跡部を呼び止めた
「あーん?」
「あの…跡部さまにとって…西園寺沙織は何なんですか…っ?」
その質問に跡部は僅かに目を見開き、少し考え込むように視線を上げた
「そうだな、アイツは……特別な女、だな」
ふっ、と誰に向けてでもなく…いや、きっと彼女を思って笑みを漏らした跡部の様子を見て、女子たちはパラパラと重い足取りでその場を離れていった
その日、帰宅後
跡部は沙織が部屋にいない間に自分の机の引き出しの奥を探った
そこから出てきたのは、1枚の写真
それは跡部の両親がこっそり撮影したもので、幼き跡部の姿が写されていた
幼き跡部の視線の先には少し離れたところで同じぐらいの女の子の姿が
「これは、お前なのか─…?」
跡部は写真の少女に、呟くようにそう言った
the logic of facts
(事実が示す必然性)
title by...
夜風にまたがるニルバーナ
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