「うーん、広い」


跡部邸へやってきて初めての週末

私は暇な時間を屋敷の探索をして潰していた


長い長い廊下に大浴場、専属シェフがたくさんいるキッチンもどこかのレストランかよという程大きい


「うちもこんなんだったっけなぁ?」


昔住んでいた西園寺邸のことを考えてみるもなぜか幼い頃に何年か住んだはずの実家のことは思い出せなかった


「まあ小さかったしねぇ…ここまでの豪邸じゃなかったんだなきっと」


うーんと伸びをしながら吹き抜けの方へ足を向ける


「プールまであるじゃん」


澄んだ水のはられたプールサイドに立って中を覗き込む


「そんなに前のめりにしてると落ちるぞ」

「きゃっ!」


その時、いつの間にか真横に立っていた跡部に声をかけられた


その声に驚いた私は、足を滑らせてプールへと体を傾かせた


「お、おいっ!」


…しっかと跡部の服を掴んで




どっぼーん




その結果私たちは二人揃ってプールに落ちてしまった


「ぶはっ…てめぇ、何しやがる!」

「ぷはぁ…あ、跡部がいきなり声かけるからじゃん!」

「あーん?俺のせいだって言うのかてめぇは」

「一理あるよね」

「なっ、いい度胸だなお前…」


私が言ったことに頬をひくつかせ、近付いてきた跡部


「きゃー!怖い怖いこっち来ないでぇぇ」


マジで怖い顔をしていたものだから

私は必死に水を跡部にかけて進行を妨げる


「わっぷ…てめっ何しやが…っくそ」


するとあろうことか奴も私に水をかけてきた


「っきゃあ!もう…っ」


私たちはしばらく水の掛け合いをしていた









「はぁ、はぁ…疲れた」


プールの淵を掴んで上がった呼吸を整える


「これしきでヘコたれるたぁ甘いな」


その横で余裕の顔の跡部


「体力バカ」

「鍛えているからなぁ」


くそぅ


落ち着いてから私はプールサイドに手をついて体を上げようとする

が、水分を含んで重たくなった衣服や体力を消耗したせいでうまく上がれない


「…何やってるんだ?」


バタバタと足掻いていると、不可解そうに跡部が訪ねてきた


「あ、上がろうと思って…よいっしょ」


掛け声で上がろうとするも一向に上がれる気配がない


「ったく手のかかるやつだな…よっ」

「へっ、わっ…きゃあっ!」


すると、跡部が私の後ろに回り込み私を抱き抱えてプールサイドに押し上げた


「あ、ありがと…」


そして跡部は軽やかにプールから上がった


「ったく…散々な目にあったぜ」


濡れて額にへばりついた前髪をかき上げる跡部


「ごめんってば」


素直に謝ると跡部は何故かじっと私の顔を見てきた


「…なに?」

「プールに俺様を引きずり込んだり水をかけてきたり、俺様相手に生意気な口をきいたり…本当に変な女だな」

「へ?」


私がぽかんと口を開けると、何が可笑しいのか跡部はいきなり吹き出した


「ふっ、ははっ」

「な、なんで笑うのよ!」

「あっはっはっ」

「もう………ふふっ」


ブスッと出来る限りの不機嫌そうな顔をしてみたものの大口を開けて笑う跡部を見ていると何だかこっちまで可笑しくなってきて


私たちは訳もわからず笑い合った



くっくっと肩を震わせて笑う跡部


…コイツもこんな風に笑ったりするんだ


そんな跡部の顔には水に濡れた髪がはりついていて、へばりついたシャツ越しに分かる筋肉質な身体



どくん



あ、れ?

何か心臓が、早い…?


私はこれまで感じたことのない胸の高なりを感じた


何、これ?





「はっ、こんなに笑ったのいつぶりだろうな…ほら」


ひとしきり笑ったあと、跡部は立ち上がり、座ったままの私に手を差しのべた


「?なに?」

「いつまでそうしているつもりだ?」

「そっか」


私がおずおずと差し出された手に自分の手を添えると、ぐっと引き上げられた


「風邪引く前に風呂入っときな」

「あぁ…うん」


そう言って跡部は先に室内へと入っていった



私はその後ろ姿を見送ったあと、じっと先程繋がれた手に視線を落とした


プールの水で体は冷えていたものの、そこだけはほのかに熱を帯びていた


I don't know what this heat is
(この熱の理由を知らない)




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