08


「ん?なんや?」



偶然通りかかった所で、女の子が声を殺して泣いていた


項垂れた背中がやけに小さくて
気がついたら手にしていたタオルを差し出していた


泣き顔を見られたくないのだろう、その子は俯いたまま顔を上げようとしない


まあ、泣いてる理由を聞き出すのも野暮やっちゅー話や


少しでも気持ちを落ち着けたいと思い、そっとその子の頭を撫でた


すると、おずおずとタオルから顔をあげた彼女と視線が絡み合った



頬には涙の跡があり、目はわずかに赤くなっていた

見たことのない子だったので、恐らく後輩だろう


そばにいてやりたい、なんて気持ちが心を掠めたが、俺はその場を後にした






翌日の放課後、教室を出ると少しビクビクした様子のその子がいた


何でもわざわざ俺のことを調べてタオルを返しに来たらしい


なんや絡んできた白石をかわして少し話をする


素直でいい子そうな印象を受けた



それからクラブに行こうと背を向けると、くいっと服の裾を引っ張られた


驚いて振り返ると、頬をわずかに赤らめた彼女が「ありがとう」と言った





どくん





その時の柔らかい笑顔に小さく胸が高鳴った




ん?なんやこれは…




その時はまだこの鼓動の理由を深くは考えてなかった










3度目にその子を見かけたのは購買だった


人混みを前に困った顔をしてたんや


話を聞くと、どうやらやきそばパンが欲しいようだったが売り場までたどり着けないらしかった




ふっ…何や世話の焼けるやっちゃな




放っておかれへんくて俺は人混みを掻き分けてやきそばパンを手に取った


彼女のもとへ戻り、パンを手渡すと驚いたように目を見開いていた


会計を済ませて戻ってきた彼女に、俺は気が付いたら「一緒に食べよう」と彼女を誘っていた



互いに他愛のない話をしてはパンにかぶりつく





彼女は、よく笑っていた


最初の泣き顔からは想像もつかないぐらい、引き込まれるような笑顔だった



それで、つい聞いてしもうたんや


─初めて会った日のことを





悩みがあるなら話してほしい

少しでも君の笑顔が見れるなら…





彼女は少し躊躇ったあと、意を決したように口を開いた


「謙也さん?」


ちょうどその時、財前に声をかけられたんや



財前を目にして、彼女はひどく驚いた顔をした


俺はそれが少し気になったが、財前と少し話をした



「山本と知り合いなんですか?」



そして不意に財前が発した一言



あぁ…この子"山本"っちゅーんか…

そういえば名前聞いてなかったな


なんてことを俺はのんきに考えていたが、当の山本はその財前の言葉にわずかに肩を震わせた



その時、予鈴が鳴り響き、財前はあっさりと去っていった



俺たちも行こか、と声をかけたが、山本は財前の後ろ姿をじっと見つめていた



その瞳は揺れていて、切ない色を帯びているように感じた



再び声をかけると我に返ったように山本は立ち上がった


彼女の様子に、俺の中で1つの答えが浮かび上がったが、まだ確証は持てないと打ち消した






──打ち消した…?

なんで打ち消す必要があるんや─…?









別れ際、ようやく彼女の名前を聞いた



彼女は山本 梓といった



そして俺のことも名前で呼ぶように言った


みんなそう呼ぶし、深い意味はなかった





「謙也、さん?」






せやけど、山本に名前を呼ばれた時







わずかに─ほんのわずかに、








心が騒いだんや



そのざわめきの正体を
俺はまだ知らない



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