「おい、沙織」
「なぁにー?」
夜、宿題やら予習やらを終えた私がベッドに寝転がって携帯をカタカタと弄っていると、やや低い声の跡部に声をかけられた
何やら分からないけどよっこらせと体を起こしてベッドの端に腰かける
すると私の前に立った跡部は古典の教科書で私のおでこをパコンと小突いた
「いたぁっ!?なに!?」
私が訳がわからずに額を押さえてブーイングをすると、跡部はあるページを開いてその隅を指差した
「何だこれは」
「あ」
それはこの間、跡部に教科書を借りた時に書いたもので
『跡部のばか』
と私のかわいらしい字が刻まれていた
「…えへ」
私がペロッと舌を出すと、跡部はグリグリと私の頭に手を押し付けてきた
「えへ、じゃねーぞ」
「痛い痛いそれ痛い!」
「だーれがばかだって?あーん?」
「だ、だって…!」
あの時は跡部が私を避けてたから…!
そう言おうにもどこか楽しそうな跡部は手を止める気配がなく、私はバタバタと奴から逃れようともがく
「もう!ほんとに痛いって…わあっ!」
「おい、っ」
グイッと跡部の腕を掴んで引っ張ると、跡部はバランスを崩してこちらに倒れ込んできたではないか
「あいたー…」
「くっ…」
背中に上質なベッドの柔らかさを感じながら、そっと目を開けると
「「っ!」」
目を見開いた跡部のドアップが
二人してベッドに縺れ込んでしまったために、私の顔の横に両手をつく跡部は…──まるで私を押し倒しているかのような体勢になってしまっていた
カァッと一気に顔に熱が集まるが、予想外の事態に跡部も動揺したのか瞳を左右に揺らしている
「あ、とべ…?」
どくんどくんと、心臓が波打つ音が室内に響くような錯覚に陥る
彼の名を呼んだ声も何故だか掠れてしまった
「沙織…」
すると、同様に掠れた声で名前を呼ばれ、跡部の熱を帯びて潤んだ瞳が近づいてきて…
「ん、」
唇に熱が広がった
触れては離れる跡部の唇の動きは次第に激しさを増して、左右に付かれていた両手は私の顔を包み込むように頬に添えられた
「沙織…、っ」
キスの合間に名前を囁かれ、身体の力が抜ける
いつの間にか触れるだけのキスが深いものへと変わり、私は息をつくのもやっとで…きゅっと跡部の服を掴んだ
「ん、ふ…跡部…っ」
跡部の舌の動きに懸命に応えようすれば、跡部は更に私に乗しかかって深く深くへと潜り込んでくる
「はぁっ、…んっ」
ようやく開放されて浅い吐息を洩らしていると、跡部はそのまま私の首に唇を滑らせた
ちゅっ、と軽く啄むように何度も首筋を伝う跡部の唇
「ひゃ、っ」
そのうち熱い舌を這わせてきて、耳を舐められた私は変な声をあげてしまった
「はっ…、沙織…」
耳元で熱い吐息と共に名前を囁かれてゾクゾクと体が震える
そしていつの間にか私の頬を包み込んでいた跡部の手が、つっ、と首を伝って下へ降りてきた
「あ…」
その手が私の胸の膨らみに触れそうになったその時、
プルルルルッ
と甘い空気を破るかのように無機質な音が室内に響いた
その音に、跡部はビクッと体を震わせてハッと我に返ったかのように私の上から飛び退いた
「っ、すまねぇ」
「あ…」
跡部は未だに鳴り止まない携帯電話を手に取り、相手を確認すると通話ボタンを押した
「…忍足か」
『なんや?俺やったらアカンのか?』
「いや…」
そのままベッドから離れて話を始めた跡部
…もし、電話がかかってきてなかったら──
私たち、どうなってたの?
ゆっくり体を起こした私は、未だにぼんやりとする頭で思考を巡らせた
もしかして、跡部と…?
私は先程の続きを考えてしまい、ボンッと顔から火が出るのではないかというくらい赤面してしまった
や、やっぱり…付き合ってるんだし、いずれそういうことに…なる、のかな?
私は突然脳裏にちらついた未知の領域に戸惑いを隠せなかった
『跡部…どないかしたんか?』
沙織が一人で悶々と考え込んでいる間、跡部もぼんやりと先程沙織に触れようとした手を見つめていた
「いや…、助かった」
『は?なんや?意味分からんわ』
何故かいきなり礼を言われた忍足は困ったように笑ったが、跡部はぎゅっと見つめていた手を握り締めていた
…──危なかった
電話がかかってこなかったら…自分を抑えられたかどうか、分からない
…危うく沙織を傷付けてしまうところだった
わぁわぁと火照った顔をおさえる沙織とは対照的に、跡部は自らの理性を奮い立たせていた
暖かな日々に募る不安
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