「最近さ、西園寺可愛くなったと思わねえ?」
「あー分かる!俺も最近いいなって思ってて…」
「まじかよお前!」
ある日廊下を歩いていると、すれ違った男子数名の会話が忍足侑士の耳に入ってきた
「…西園寺さん、ねぇ」
確かに跡部に恋をしてからの沙織は以前の彼女と比べると…女らしくなった
恋をすると女は輝くとは言うが、彼女は典型的なそれであった
はぁ、俺はすれ違った男子生徒たちを肩越しに見やって小さく息をついた
…今頃気づいたんかいな
あの子は最初から…──
「忍足くーん!」
すると前方から、たった今考えていた女の子が手を振りながら駆けてきた
「…西園寺さんやんか、どないしたん?」
俺はゆっくり彼女に体を向けた
「いや、別に用事ってわけじゃないけど…忍足くんが目に入ったから」
困ったような笑顔で頭を掻く沙織
…ほんまこの子は、
───西園寺さんはいつもそうや
いつも一生懸命で、真っ直ぐで、コロコロ表情が変わる
俺が見てた彼女はいつも全力やった
…そんな西園寺さんが全力でぶつかってたんは、跡部やったけど
一番近くで見てて正直もどかしかった
近付いたかと思ったらすれ違って、ホンマにほっとかれへんくて…気付いたらいつの間にか目で追ってるようになったんや
いっそうまくいってくれたら俺の中に生まれた気持ちに気付かへんフリができる
せやから二人がくっついた時はなんやポッカリ心に穴が開いたような感じがしたけど、素直に祝福できた
これで、俺はこの子を目で追わんで済む
そう思ってたのに、付き合ってからも些細なことですれ違ったり誤解したりして、やっぱり…ほっとかれへんかった
「…で、あれから跡部とは仲直りできたん?」
せやからついこうしてお節介を妬いてまう
「あ、…うん」
そう言ってほんのり頬を染めた西園寺さん
…あぁ、跡部となんかあったんやな
彼女は分かりやすい
だから何かいいことがあったのだと分かりたくないことでも…分かりすぎるぐらい分かってしまうのだ
「…よかったなぁ」
跡部を想って目を細める彼女の顔を見たくなくて、俺はくしゃっと西園寺さんの頭に手を置いた
「わ…もー、ぐちゃぐちゃになっちゃうよー」
そう言いながらも上目遣いで俺に笑顔を向ける西園寺さんは…罪な女やで
「忍足くんにはいつも支えてもらってばっかりだね」
頭からそっと手を下ろしたら、柔らかく微笑む彼女と目が合った
「なんや?改まって…」
「んー、そういえばいつも忍足くんに相談に乗ってもらってる気がするなって思って…ごめんね?」
申し訳なさそうに眉を垂らす西園寺さん
「なんで謝るんや?俺は気にしてへんで」
「ほんと?…これからも何かあったら相談に乗って貰える?忍足くんに話聞いてもらったら何だか安心できるっていうか…あんまりこういうこと相談できる相手もいないし」
恥ずかしそうに呟かれた彼女の言葉に俺は少し返答に詰まった
「…お安いご用やで」
頼りにされるのは、素直に嬉しい
──例えそれが俺やない男のことやとしても
「沙織…それに忍足じゃねーか、何してやがるこんなところで」
ちょうどその時、跡部が通りがかった
「跡部!ちょっと話してただけだよ」
跡部の登場にパアッと顔を輝かせた西園寺さんは、ホンマに分かりやすい
「話、ね」
跡部はジロッと俺を一瞥してから彼女を柔らかい目で見つめた
…そない睨まんでも、西園寺さんは跡部しか見てへんわ
「はぁ、ほな邪魔者は退散するわ」
極力二人の様子を見たくなかった俺は、軽く手を振ってその場を後にした
背後から、またねー!と言う彼女の明るい声が聞こえてきたが俺は振り向かずに足を進めた
…なんやかんやで、あの二人の間に他人の入る隙なんかあらへん
せやから俺はこの気持ちを表に出すつもりはない
ないんやけど…──
はぁ…いつの間にこんなに深いところまで入り込んできたんや、君は───
俺は先程彼女に触れた手を小さく握りしめた
気付かなければ楽だったのに
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