跡部にせっかく教科書を借りたものの、授業中私はずっと跡部の指が触れた手をぼーっと眺めていた


確かに、跡部は私の手が触れた瞬間に手を引っ込めた



───そりゃもう勢いよく



いつも通りかと思った途端に、拒絶された



さっきからずっとここ最近のことを思い返しているが、全くといっていいほど心当たりがない



「…跡部のばか」



私はパラパラと教科書を捲って、たった今呟いたことをページの隅に書き込んでやった










───放課後、日直だった私は学級日誌をカリカリと刻んでいた



ちなみに古典の教科書は、休み時間にグッドタイミングで廊下を歩いていた忍足くんに押し付けた




『自分で直接返したらええのに』


忍足くんは困ったようにそう言ったが、


『いいの、跡部何だか最近私のこと遠ざけてるみたいだし』



私はそう言って自分の教室へ戻ったのだった








「…失礼しましたー」



日誌を書き終えた私は、日誌を提出しに来た職員室を後にした



「ダラダラ書いてたらこんな時間になっちゃったよ」



ふぅ、と小さく息をついた私は立ち止まって日が斜めに差し込む窓の外を見やった





──その時、背後の教室から物音がして、私はそちらに視線を移した



「あ…」




『生徒会室』




そこにはそう書かれていた


そっとドアに手をやって中を覗くと、そこには一人で机の上の書類と格闘する跡部の姿があった



「跡部…」



小さく名前を呼ぶと、跡部はゆっくりとこちらに目をやって微かに目を見開いた



「沙織…」


「…遅くまでお仕事ご苦労様」



私は内心ドキドキしながら生徒会室に足を踏み入れた



「…ああ」



跡部はそう言うと再び手元の書類に目を落とし、私は跡部の邪魔をしないように静かに跡部に近付こうとした



「…っ、あんまり近付くなっ」



すると書類に目を落としたままの跡部に鋭い声でそう言い放たれ、私はビクッと体をすくめてその場から動けなくなった





え、なに…?



ドクン、ドクン


──心臓が嫌な音を立てる





「あ、とべ…私、何かしちゃった?」



私は震える手をギュッと握りしめてなんとか声を絞り出した



…ヤバイ、なんか泣きそう



じんわりと目に浮かんできた水滴を流すまいとゴシゴシと目元を擦る


そんな私の気配を感じたのか、跡部はハッとしたように私を見た



「っ、沙織…」



跡部は咄嗟に私に手を伸ばしたが、触れる寸前で…苦しそうな顔をして躊躇うように手を下ろした





なんで、なんで触ってくれないの…?





「触ってよ…跡部」



私が呻くように言うと、跡部は息を飲んだと同時に強く私を抱き寄せた



「っ、跡部…」



その腕の力は強くて、苦しいほどのもので…



「…すまねえ、俺個人の感情で…お前を傷付けちまった」



跡部個人の感情…?



「それって…?」



私が腕の中で身を捩って跡部を見上げると、そこには眉を下げ、熱を帯びた瞳を揺らす跡部の顔が




「──近くにいたら…抱き締めたりキスしたくなんだよ」


「…へ?」




掠れた声で発せられた予想外の回答に、私は変な声を洩らしてしまった



「…あー、もう無理だ。我慢できねえ」


「え?…─んっ、」



聞き返したと同時に、唇に暖かい感触がして…跡部との距離が0になった


いつもの優しい触れるだけのキスではなく、感情的に何度も角度を変えて唇を重ねてくる跡部



「はっ、…っ」



後頭部を押さえられてまるで貪るかのように唇を重ねられ、息をつく間もなく繰り返されるキスに頭がクラクラする




そして──…酸素を求めて生じた隙間から、何か熱いものが口内に侵入してきた



「ん、ぅ…っ」




跡部の、舌だ




初めての感触に私は思わず自らの舌を奥に引っ込めてしまうが、跡部の舌はそれを逃すまいとさらに深く潜り込んできて、絡めとられてしまう


体がビクッと震えて首をすぼめようとするも、後頭部を固定されてそれは叶わず、私は崩れてしまいそうな体を支えるために必死に跡部の背中に手を回した








「はぁっ…はぁ…」



今までで一番長くて深いキスからようやく解放されて、私はヘナヘナと跡部に倒れかかった



「…最近お前の近くにいたら、場所や周りに人がいようが関係なくお前に触れたくなるんだよ…」



荒い息を洩らしながら、跡部は私の肩に顔を埋めて腰の後ろで手を組んだ



「それを必死で抑えようと、お前を遠ざけちまった」



すまねぇ、と呻いた跡部が無性に愛しくて、少し首を回して跡部の耳に軽く口づけた



「っ!」



跡部は驚いたように私を見た



「…私だって、学校でも跡部の近くにいたいし…触りたいなって思うよ?キ、キスだって…その、人前とかは困るけど…嬉しいし…」



モゴモゴと言葉を濁すと、フッと跡部は小さく笑った



「…笑わないでよ、ばか」


「あーん?俺様に向かってばかとは何だ」



むぅ、と跡部を睨み付けるとコツンと額を合わせてきた跡部



「私…跡部に嫌われるようなことしちゃったかなって、すごく悩んだんだからね」



私が拗ねたように唇を尖らせると



「…悪かった、……もう我慢しねえ」



迷いが吹っ切れたかのように跡部はニヤッと不敵に笑って、真っ直ぐに私を見つめてくる



「え…ば、場所は選んでね?」



私が目をさ迷わせると、チュッと音を立てて鼻にキスをされた



「〜っ」


「今は二人きりだし、問題ねえだろう?」



私の反応を楽しむかのような跡部



いつもと変わらぬ跡部の様子に、私の胸に安心感が広がった



よかった…跡部も私と同じ気持ちでいてくれた



「…今度は口にするから、目閉じろ」



そう囁いて顔を近づけてきた跡部に導かれるように、私はそっと目を閉じた





いつでもどこかで触れ合っていたい


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