「ふぁぁ…」
「何よ、色気のない欠伸なんかして」
大口を開けて欠伸をした私を彩花が小声でたしなめた
「だって朝から全校集会とか…誰だって欠伸をしたくもなるよ」
「まぁね」
今日は月に一度の全校集会であり、朝から氷帝学園中等部の巨大な体育館には全校生徒がひしめき合っていた
私は退屈なこの集会があまり好きではなく、長い校長の話によって眠りに誘われそうになっていた
「ほら、シャキッとしなさい!次は生徒会長の話でしょ」
「あ、そっか」
次が生徒会長、つまり跡部の話だと聞いて私はぼんやりとした頭で今朝のことを思い返していた
『おい、沙織、今日は全校集会があるから俺様は先に行くぞ』
『ん?うえー…今日集会なのかぁー』
早々に身仕度を整えてネクタイを締める跡部の言葉に私は不満の声を洩らした
『何だらしねぇ声出してやがる』
『あいた』
そんな私の額を跡部に軽く小突かれる
『今日は俺様から大事な話があるからしっかり聞いとけよ』
そして今度は額に軽いリップ音を落として、跡部は生徒会長として全校集会の準備のために先に部屋を出た
『大事な話…?』
私は真っ赤に染まった顔で額を押さえながら、一人首をかしげていた
「てめーらも知ってると思うが、今年は3年に一度の中等部と高等部合同の学園祭の年だ。これから中等部校舎に高等部の生徒が頻繁に出入りすることになる。もちろん協力して企画を起こしていくことになる。規模のでかい祭りになるが、成功させるべく全力を尽くしやがれ」
跡部のよく通る声が体育館に響き渡った
ほう、今年の学園祭はいつもより大規模になるのか…
跡部が言ってた大事な話ってこのことなのかな?
私が勝手に自分の中で結論を出して納得していたら、一度マイクを置いたはずの跡部が再びマイクの電源を入れ、キンッ─とマイク独特の音が響いた
「連絡事項は以上だが…今日はそれ以上に大事な話がある」
跡部の言葉に、ザワザワと周囲がざわつく
「最近、西園寺沙織の周りをうろつく野郎どもがいるそうだからハッキリ言っておく。アイツは……
……俺様の女だ!」
跡部が声高々に言い放った言葉に悲鳴にも歓声にも取れる声が体育館を満たした
………は?な、に?何が起こったの…?
私の周りの生徒は一斉に私を見て口々に色々なことを言い合っている
私は今の状況を理解できずにぽかんと口を開けて立ち尽くすことしか出来なかった
「そういうことだ…今後、アイツに手を出した奴は男であれ女であれ容赦はしねえ。この氷帝学園にいられなくなると思え!今日の集会は以上だ」
そして騒然とする生徒達をよそに、跡部は一人満足げに壇上から降りた
え、いや、ちょっと待って…!?
…ってか何かこっちに来るんですけど…!?
間違いなくこの中で一番驚いているはずの私の元に、人混みを掻き分けて(というよりは跡部が通ろうとしたら生徒が道を開けるんだけど)混乱の元凶である跡部がやってきた
「ちゃんと聞いてたか?」
フン、と誇らしげな顔でシレッと聞いてきた跡部に私は畳み掛けた
「聞いてたかって…何考えてんの!?何のために今まで隠してたのか分かんないじゃん!また前みたいなことになったらっ!」
「あー、ガタガタうるせえな」
「うるさいって何よ…っ!」
ここぞとばかりにギャンギャン吠える私を跡部はいきなり抱き寄せた
周囲にはまだ教室に戻らずに事態を窺っていた生徒たちで溢れており、再び悲鳴やらヒューという口笛やらが入り乱れる
「大丈夫だ、お前は俺様が守る」
「っ、でもっ…私のせいで跡部が傷付くところなんて、見たくない…」
何でそんなに悠然としていられるの?
…私は、不安で仕方がないのに
「俺様がそんなヘマするわけないだろうが、あーん?お前は黙って守られてろ」
私の不安をものともせずに言い切る跡部はやっぱり俺様だわ
「…分かった。でも私だけ守られるなんて嫌だから…跡部は私に守らせてね?」
「っ!…っとにお前は、面白い女だな」
跡部の胸に身を委ねながら呟くように、だがハッキリとそう言うと跡部は一瞬驚いたように息を飲んだが、クッと喉を鳴らして笑い出した
「なあ、キスしたら…怒るよな?」
「きっ…!?当たり前だし!ばか!」
そしてそんなことをぬかした跡部から私は慌てて離れた
「はいはいお二人さん、その辺にしといたらどうや?かなりの注目の的になっとるで?」
様子を見かねて忍足くんが間に入ってくれて、私はようやくオーディエンスのことを思い出して真っ赤に顔を染めた
「あーん?見せ物じゃねぇぞ、とっとと教室に戻りやがれ」
そう跡部が一蹴すると、名残惜しそうにも野次馬生徒たちは体育館を後にした
「こない大々的にやらかすとは思わへんかったなぁ」
忍足くんは可笑しそうに笑いながら跡部を見た
「まあいい機会だしな、これぐらいすりゃ沙織に手を出そうっていう輩はいなくなるだろう…そういやお前、」
「うん?」
忍足くんと話していた跡部は不意に私に声をかけた
「最近、一丁前にモテてやがるらしいな」
「い、一丁前にって…べ、別にそんなこと…」
いきなり振られた話題に私は言葉を濁らせた
「ったく、俺様以外の男に愛想振り撒いてんじゃねぇぞ」
「はぁ?別に振り撒いてないし」
跡部の憎まれ口に私がムッと口を尖らせると、まあまあと忍足くんに宥められた
「あれでもヤキモチ妬いとるんや」
「ばっ、忍足!何言ってやがる!」
頬を赤く染めながら不貞腐れた跡部
「…沙織は俺様だけのものだろうが」
そして呟かれた跡部の言葉にきゅんっと胸が締め付けられ、私は再び跡部の腰に絡み付いた
「なっ、おい…」
「心配しなくても私には跡部以外あり得ないから」
「っ!」
私が紡いだ言葉に、跡部は一瞬息をつまらせた
「…やっぱりキスするぞ」
「そ、それは…い、家に戻ってから…」
「無理だ、待てねえ」
「ちょ、ちょっと待ってって…!」
ヤイヤイ押し問答をする私たちを見ながら、やれやれといつものように忍足くんが肩をすくめたのだった
世界から君を連れ去りたい
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