「蔵ノ介ーっ!」
俺の名前を呼びながら綾乃が俺の元へと駆けてきた
どきっ
未だに綾乃から名前を呼ばれると微かにザワザワと心臓が波打つ
「どないしたんや?」
無邪気な綾乃の様子に笑顔で応えると、綾乃はじゃーん!とチケットとおぼしきものを俺に突き付けた
「蔵ノ介、デートしよ?」
「…デート?」
ニコニコと笑みを浮かべながらチケット越しに俺に提案をする綾乃
「うん!蔵ノ介今度の土曜日部活休みやろ?せやから、遊園地…行かへん?」
付き合い初めて今まで一緒に帰ったり帰りに寄り道をする程度で、俺の部活が忙しいこともあって、なかなか二人で出掛けることは出来ていなかった
「せやな、行こか?」
綾乃からチケットを受け取り、そう答えると
「ほんまに?やったぁ!」
綾乃はパアッと満面の笑みを浮かべる
──最近、綾乃の笑顔を見ると胸の奥が暖まる心地がする
もっと、いつも、綾乃を笑顔でいさせていたい──…なんて思うようになった
この気持ちは…一体何なのだろうか
そしてデート当日
俺たちは駅で待ち合わせをして目的地へと向かった
遊園地は休日ということもあり、賑わっていた
「どこから乗る?」
パンフレットを見ながら訊ねると、綾乃はうーんと唸りながら小さなジェットコースターを指差した
「こっちのでっかいやつじゃなくてええんか?」
活発な綾乃のことだ、ジェットコースターのようなアトラクションは恐らく好きなんだろう
「乗りたいけど…今日はこっちでいいの」
しかし綾乃は少し困ったように眉を下げて首をふった
「そうか?ほな、行こか」
少し綾乃の様子が気になったが、そう言って手を差し出せば
「うんっ!」
と笑顔で当たり前のように手をつないできた
そんな些細なことが何だか嬉しくて──
俺は密かに笑みを洩らしながら歩を進めた
その後もいくつかの乗り物に乗ったり、軽く食事をしたりしてあっという間に夕暮れ時になってしまった
『ご来場の皆様にご連絡します…──』
園内には閉園30分前を知らせるアナウンスが響く
「もう帰らなあかんな…」
「うん…あっという間やったね」
二人で過ごす時間があまりに楽しくて、俺は物寂しさを感じていて…帰りたくないな、なんて思ったり
少し物思いにふけっていると、服の裾をキュッと遠慮がちに引っ張られた
「なん?」
振り返ると、綾乃はある乗り物を指差して口を開いた
「最後に、観覧車乗らへん?」
そう言った綾乃の表情は、逆光で分からなかった
教室で…─綾乃が、俺に自分と恋をしようと言ってきたあの日のようだった
「おー!たかーい」
ガタンガタンと徐々に観覧車が頂上へと近付く
俺たちは向い合わせで座り、綾乃はキャッキャッと外を見てはしゃいでいる
俺は外よりも元気な綾乃の姿についつい目がいってしまう
すると不意に綾乃がこちらを振り向いた
「ね、そっち座ってもいい?」
「…おん、ええで…─おいで?」
一瞬驚いたが、綾乃を招くように手を差し出すと、綾乃も嬉しそうにその手を取ろうとした
──その時
「きゃっ、」
風が強く吹いたのかガタッと機体が傾いて、立ち上がりかけていた綾乃の体もグラリと揺れた
「──綾乃っ」
とっさに全身で綾乃の体を受け止める
「ありがと、う…」
綾乃はゆっくりと俺を見上げると、あまりの至近距離に息をつまらせた
俺も予想外の展開に、目の前の綾乃を見つめることしか出来なかった
観覧車の狭い空間の中、ガタンガタンと観覧車が動く音だけが響く
腕の中には、思ったより小さな綾乃の体
その体は熱を帯びていて触れ合っている場所からドクドクと速い鼓動が伝わる
─もちろん、俺の体も熱く、心臓が早鐘を打っていて…─
どうしてか、目の前にある綾乃の揺れる瞳から目をそらすことができずに俺達はただただ見つめあっていた
「く、ら…」
綾乃が掠れた声で俺の名前を読んだその時──
「お疲れ様です〜!」
いつの間にか地上に着いたようで、ガチャッと扉が開かれた
俺たちは弾かれたようにバッと体を離して慌ただしく観覧車から降りた
「…び、ビックリしたね」
退場口へと向かう途中、綾乃が沈黙を破った
「せ、せやな…怪我とかしてへんか?」
まだドクドクとうるさい心臓を押さえながら綾乃に訊ねると
「うん、蔵ノ介が…受け止めてくれたから」
と心なしか頬を赤らめながら答えた
「そうか…よかったわ」
俺も気恥ずかしくてつい声音が小さくなる
すると、ポツリポツリと綾乃が口を開き始めた
「私ね、今日めっちゃ楽しかったしめっちゃ…ドキドキした」
「…俺もや」
そう答えると嬉しそうに目尻を下げる綾乃
「遊園地ってこんな楽しかってんなぁ…私、今日のこと絶対忘れへん」
何だかしみじみと噛み締めるように話す綾乃の様子に俺は少し首を傾げる
「何やもう来られへんみたいな言い方やな…遊園地やったら俺と、また何回でも行けるやん」
そっと綾乃の手を握ると、ギュッと握り返してくれるが
「…せやね」
どこか寂しそうな綾乃の笑顔に、俺の胸に小さな不安が渦巻いた
2012*08*02