チョコより甘いキスをして


タクミ・アルディーニは不機嫌だった。
今日はバレンタインで彼の周りには豪華なお菓子が山のようになっている。
なら何故口を尖らせある一点にジトリとした視線を向けているのか、それはその先で沢山の人に囲まれている彼女のせいだった。

篠崎甘菜、タクミの歴とした彼女である。

普段はかなりの引っ込み思案で友達と呼べる人は極星寮の面々ぐらいらしい。
そんな彼女の得意分野はデザートで特にチョコレートを使わせると右に出るものはいないと言われる程。よって今日このイベントにはうってつけの彼女はあっちに連れてかれこっちに連れてかれとろくに話しかける機会すらなかったのだ。

ただそれが直接の不機嫌の理由かと聞かれればタクミは首を横に振る。
寧ろ自分の大切な人が頼りにされて活き活きとしている姿を見るのは嬉しいものである。
では何がいけないのかというと...

「何でオマエが先に貰えてるんだ、イサミ」
「あれ、兄ちゃんまだ貰ってないの?」
「オレはまだ甘菜と顔すら合わせていない!」

隣でゴソゴソと甘菜から貰ったというチョコレートを食べているイサミを思わず睨み付ける。するとイサミは若干哀れみを含んだ目で見下ろすと「食べる?」と言ってチョコを差し出してきた。

「いらないからな!」
「えーでも甘菜のチョコ美味しいよ」
「それはオレが一番よく知っている!」

ムキになって言い返せば微妙な顔をしたイサミは「期待していいと思うよ」と何だか意味深な言葉を言って去っていった。
いきなり放置されてこのモヤモヤした感情のやり場がなくなって思わず溜め息がこぼれる。
だいたい何故自分が貰えずに他の奴等が貰えるのかが分からないしさっき幸平に会ったときアイツも同じものを食べているのを見て更にショックを受けた、なんだか彼氏としての面子とか丸潰れな気がした。

「帰るか...」

気付いたらなくなっていた人の輪と彼女の姿に虚しくなって席を立つ。
別にこんなことで甘菜を嫌いになるわけではない。たかがイベントなのだから、そういい聞かせて扉をに手をかけようとするとその前に勝手に扉が勢いよく開く。

『ま、まま間に合った』
「か、甘菜...」
『タクミくんもう帰っちゃったかと思って心配だったんだけど、良かった』

へにゃりと笑う甘菜にさっきまでの憂鬱な気分が一瞬にして吹き飛んでいく。
つられて笑えば今度は甘菜の顔が赤くそまっていく。熱でもあるのかと手を伸ばせば勢いよく頭を振って大丈夫と返される。
なんだか忙しなくソワソワしている彼女を黙って眺めているといきなりこちらを見上げて目の前に何かを付き出してきた。

『こ、これ...』
「...もしかして」
『タクミくんのチョコです』

次第に語尾が小さくなってまた視線を下げていく甘菜に思わず茫然とする。
まさかこのタイミングで貰えると思わなかった。

「てっきりオレは貰えないものかと」
『タクミくん、思ったより沢山チョコ貰ってたから』
「そ、それは、あーその」
『だから甘過ぎると飽きちゃうかなと思って作り直してたんだけど』

思いがけない彼女の気遣いが嬉しくて堪らない。こういうところが愛しくてどうしようもなくなる。
ただ一つだけ勘違いしていることがあった。

『駄目だったかな?』
「...あぁ、駄目だよ」
『......』
「甘菜のを一番に食べるんだ、甘くないのを作ってくれても先に食べちゃうんだ、対して変わらないよ」
『タクミくん』
「それに君の意外食べるきはないしね」
『じゃあそれどうするの?』
「...イサミに誠心誠意頼んで食べてもらう」
『ふふっ、何それ』

受け取った箱の蓋をあけてチョコを一口かじる。
口の中はミントでひんやりとしているのに自然と温かさを感じた。まるで甘菜の想いそのものが詰まったような味だった。

『どう、美味しい?』

ワクワクした顔で感想を待っているその姿も可愛くて仕方なくて色々末期だなと実感する。

「E dolce,molt (甘いよ、とてもね)」
『タクミ...くん』

リンゴのように真っ赤に染まる頬に手を添えながらもう一度小さなそれに口付ける。
目を必死に瞑って震える姿にすらグッとくるものがある。触れるだけのそれを啄むようにして味わう。
どんなチョコよりも甘くていつまで食べていても飽きない、完璧に甘菜に嵌まりきっていた。

「Buon San Valentino (ハッピーバレンタイン)」





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