フォア・ミルクトースト


ギルティクラウン


彼女っていうより奥さんみたいだね


そう、涯と並んでいるとたまに言われることがある。
涯が機嫌の良いときは基本的に睡蓮も側にいてほっそり微笑んでおり、逆に機嫌の悪い時や彼がそれを望むときは周りが気付かないうちにするりと風のように居なくなっている。
共にいる者の様子をいち早く見定め最もよしと思われる行動をおこす、それがどうにもメンバーからすれば一昔前の夫婦に見えるようで。
奥ゆかしくて思慮分別のある女性、睡蓮は葬儀社の中でそんな風に捉えられている。

しかし実際に人間そう素晴らしく出来ているものでもなく、付き合っていながらも時折感じる溝のような大きな距離に睡蓮はいつも戸惑っていた、ただそれを表にみせていないだけ、それだけだった。


17歳という年齢で組織のトップにたち多くの人間の命を背負っている涯。
その背中に懸かる重みが如何様のものなのかとてもではないが睡蓮は秤りしれなかった。そして散っていった命に対する後悔の念も。
それでも彼は仲間の前で弱音を吐いたりしない。
歩みを止めたりしない。
志を最後まで共に出来なかった仲間の為に、例えそれで更に仲間を失うことになっても。


故に睡蓮はその溝に足を踏み入れようとは思っていなかった。
たかが恋慕などという感情を理由に涯に我が儘を言いたくなかった。
同じ罪を過去を背負いながら彼のように成れなかった自分への罰、せめてもの償い。

この距離を埋める必要はない、ほんの少し前まではそう考えていた。




* * *




ガタリと何かの揺れる音がする。
睡蓮がそちらを振り向くとそこには机に手をついて額に大粒の汗を浮かべている涯の姿があった。
陶器のように白い肌が血の気が引きすぎて青白くなっている涯に睡蓮は慌てて駆け寄る。

「っ...!」
『涯、しっかりして』
「平気だ、これくらい...」
『でも酷い汗』
「平気だと言っている、頼むから下がってくれ」

目元を押さえながら苦し気にそう吐き出す涯の背を撫でながら睡蓮はその言葉に視線を下に落とす。

(ーーあぁ、まただ。)

涯はいつも体調が悪くなると必ず睡蓮を自分の側から遠ざけていた。
それが彼なりの強がりと心配をかけまいとする心遣いからくるものだと睡蓮も分かっている、それでもそうされる度心に靄がかかっていく。
まるで踏み込まれないように涯の心の廻りに張り巡らせている一線が常にもどかしかった。

特に集に再会してからの涯を見ているとそれが更に助長されて、


ーーー限界だった


「睡蓮?」
『〈イヤよ〉』
「!...蓮か、何故お前が出てくる」
『〈どうにも最近の貴方の態度が気に入らないのよ涯。どちらにしてもそれは睡蓮も同じみたいだから〉』
「どういうことだ、何が言いたい?」

訝しげな顔で此方を見つめる涯の襟元を無理矢理引っ張り顔を近付ける。
涯の驚いた表情が視界一杯に広がった。

『〈ムカつくって言ってるのよ、睡蓮が貴方がアポカリプスウィルスに感染しているのを知ってるを知ってるでしょう。それを分かった上で睡蓮は貴方の隣に居て貴方を支えたいと思って慕っているのに貴方って人は…〉』
「それは...」
『...ロストクリスマスの時、真名をあんな風にしてしまった罪を涯が全部背負っていたから私が何か言うのは我が儘だと思ってた』

言いたいことをある程度言って気が済んでしまったのか蓮は突然代わるようにいい奥深くへ戻ってしまった。
睡蓮は途端恥ずかしくなる。
しかし俯きながらもその思いを紡ぐことを止めはしなかった。
せっかく蓮が作ってくれた機会を無駄にしたくなかった。

『でも涯が苦しんでるのを黙って見てることしか出来ないなら本末転倒なんじゃないかって』

襟を掴んでいた手をゆるりとおろしながら彼の胸に掴みつく。
視界を滲まそうとするものを耐えながら彼の温かい体温にすがる。

『だったら例え嫌われても構わない、私にも涯の背負っているものを背負わせて』
「そんな必要はない、俺はお前にあの日のことを背負って欲しくないし背負わせたくもない。
...睡蓮に傷付いて欲しくない」

そう言って涯は睡蓮の背中に腕を回して強く抱き締める。
睡蓮は思わずその強さと言葉に胸が締め付けられた。

こんなにも大切にされていたのだと喜ぶ気持ちとそれが原因でどうしても歩み寄ることが出来なかったという切なさが折り合う。

「俺はお前を巻き込みたくなかった、大切だからだ。今も昔も」
『涯...』
「だからといって真名を諦めるわけにはどうしてもいけない。そんなことを考えていたらいつからかどうやってお前に接していたか分からなくなった、だから距離をおいた」

まるで懺悔でもしているかのような細く圧し殺した声音で話す涯に睡蓮は黙って耳を傾ける。
いつもの頼りになる強い涯が久しく見せてくれなかった弱い部分。
受け止めない選択肢など存在しなかった。

『私は平気だよ、あの時それなりの覚悟はしていたもの。今更この状況に対して涯に文句を言ったりしない』
「お前は...本当に強いな昔から。それに比べて俺ときたら」

どこか自嘲を含んだ声でそう呟く涯に睡蓮の胸は先程とは違う痛みで締められた。
息苦しくなって耐えていたものがこぼれ落ちる。
頬に温かいものが伝った気がした。

『じゃあこう言えばいいかな。
涯、苦しそうにしないで、私も苦しくなるのは嫌なの』
「!」
『こう言えば涯は私を優しいなんて言わないでしょ』

泣いてることを隠すように、誤魔化すように笑う。
そんなに涙は零れていない筈だと思い込みながら。

すると涯は小さく溜め息をついて抱き締めてた腕の力を弱めると睡蓮を引き離す。

「確かにな。だがお前は嘘が下手だ」
『嘘じゃない、これが私の本心だよ。』
「見かけによらず頑固なところも相変わらずか」
『涯っ...もう』
「だがいいのか、お前を今以上に危険に晒すことになる」
『もちろん。それで涯の助けになれるなら幾らでも、どんな危険な任務にだってつく』


ーーーそれが涯の側に居るために出来る唯一のことだから


「それは考えておくが、張り切っていきなり大怪我なんてするなよ。お前が怪我をすれば俺も堪える」

結局のところ真名を救わないことにはこの溝が埋まることはないけれど、今は少しずつでいい、歩み寄って手の届く距離にまで近付ければそれでいい。

もうこの距離を黙って眺めるなんてしない、きっといつか二つのては絡み合える筈だから。


『ねぇ涯、私涯が本当に好き』
「!...蓮か?」
『違うよ、これも私の本心。涯は?』
「...お前と同じだ」
『そ、よかった』


さぁ、臆病者同士手を取り合おう





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