断線上の追福


Fate 

「…初めまして、で構わないかな?」
『初めまして?
また随分な挨拶もあったものだ』

夜も耽た頃、街灯の光はなく
月の光だけがそこに居る二人を照らし出す。
冬木独特の気候ゆえか、この時期しては若干寒い風が吹き抜ける。

しかし、そんなものは二人にとってさしたる事ではなかった。
お互いがお互いを隅から隅まで観察するように見詰め合う。

大の大人と制服姿の女の子。
一見すると知り合いに見えなくもないが、二人の間を取り巻くその空気がそれを全面的に否定する。

「聖杯戦争も大詰めの時に君とこんな所で会うとはね…」
『……』
「こういうのを運命の悪戯とでも言うのかな」
『御託はいい。取り敢えずその銃を降ろせ。今は闘う気はない』
「その言葉にはい、そうですか、と従うと?」
『いいから降ろせ。話しづらいだろう』

真っ直ぐと見つめてくる彼女の瞳に何を感じたか、切嗣は静かに銃口を降ろす。
普段なら絶対にこんな事はしない。だが、しかしそれでも降ろしてしまったのはあの瞳に重なるものがあるからなのか。

『単刀直入に聞きたい事がある』
「なんだい?」
『あんたは私の父親なのか?』

千枷からの質問に切嗣はやはりといった表情を浮かべる。
切嗣には以前から容易にこの展開が想像出来ていた。
こうして正面から向き合った時この話題が上がる事も。
そして彼女の持ちかける質問にも。

「…驚いた、…僕も似たような事を聞こうとしていた」
『……』
「千条千枷、君は千条千栄の娘で間違いないかな?」


"千条千栄"
その名が上がった途端、千枷の眉が一瞬ピクリと動く。
白々しくもとれるのその問い。
それは問いでありながら、先程千枷が切嗣にした質問の答えになり得ていた。

『何故、母上の名前を知っている、なんて事は聞かない。
さっきの質問と矛盾するからな』
「そうしてくれると助かる」
『じゃあ、やっぱりあんたは…』
「だろうね、証拠なんて何処にもないけど」

肩をすくめながら切嗣は仕方なさげな顔をする。
認めざるを得ない、そう表情が語っている。

『あんなに渇望した父上と殺り合う事になるとはね』
「……」
『正直あんたと母上がどういう風な関係で繋がってたか興味がないわけじゃないけど、今は聞かない。
何より話しが長くなりそうだ』
「そうかい」
『だから一つだけ聞かしてくれ、何故あんたは聖杯を求める?』
「…その質問に僕が答える義務は?」
『馴れ初めは聞かないでおいてやるんだ、これがせめてもの譲歩だろうに』

そう言って千枷はほんの少し勝ち誇ったような顔をする。
その顔が千枷の母親である千栄と酷く重なって見えて…



千条千栄は勝気な性分だった。
切嗣より以前からナタリアと一緒に過ごしていたせいか、生来の性分なのか、常に強気で自信がある顔をしていた。
しかしそこには確固たる確証と信念があって、故に千条千栄は暗殺者としてしっかりと地に足が付いていた。

そんな彼女と一度だけ、何故ナタリアの下に居るのか、そう話し合った事があった。
その時の顔はいまでも鮮明に切嗣の記憶の中に残っている。

"私は私の救える限りの人達を救いたい"

そう、自分と同じ志を持って世界と闘っていた彼女の顔が。



「僕は恒久的な世界平和を望む、それが衞宮切嗣の聖杯に懸ける願いだ」
『……母上と同じ事を言うんだ』
「納得のいかない答えだったかな?」

千栄にそっくりな顔を静かに歪めた千枷は切嗣の言葉を噛み締めるように呟く。
どれくらい時が流れたのか、
うん、と一つ力強く頷いた千枷は顔を上げる。
そこには初めて切嗣が見た時の、‘魔術師’千条千枷の顔が浮かんでいた。

何者にも肩入れせず、聖杯を清く律する為だけの存在。
それを体現するかのような表情に、家族への親愛の情などは混ざっていなかった。

『いや、納得させてもらった。
…少なくともあんたが父上であるという事に、後悔の念を抱かないくらいにはね、』
「千枷…」
『辞めてよ、次会う時は敵なんだからさ』

そう言って踵を返す千枷。
冬木の街に向かう足取りは確かなもので、そこに迷いなど介在していないのは明白だった。

もし、彼女と聖杯戦争など関係のない所で親子として再会していたのなら、などと柄にもない事が過り思わず切嗣は笑ってしまう。



目的は同じでも歩む道が、手段が違うのであれば、相対する事は避けられない。
それがこの親子に課せられた運命であるのだから。



月の光が雲に遮られる。
そして再び空に姿を現した時、
そこには誰の人影もなかった。

 





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