count 03


[犯人から遠ざかってる人質ちゃん。そんな人は存在しません]

デバイスから聞こえてくる唐之杜の言葉に郁は眉をしかめる。
それから導き出せる答えはただ一つ。
公安局への罠、それをもって喜汰沢は社会への報復を為そうとしている。
しかしそれはあまり確実な手段には思えなかった。
人質と見分けのつかない程のホロを作ってまで得られる対価が喜汰沢にないし、なにより本当に公安局がそんな手に易々と引っ掛かると思ったのか。

[追跡をしてくる我々の排除に最も効果的な手段、それは人質を解放しての誘導。彼女を追いかけた先に待っているのは...]
「爆弾ですね」

えぇ、と朱から肯定の返事が返ってくる。
それさえ確信出来ればあと気になる事は一つだけ。

「常守監視官、私も酒々井監視官達と共に人質の方に回りたいのですが」
[...何か気に掛かることがあるのね]
「お察しの通り。許可、頂けますよね?」
[分かったわ、葦簀さんも爆弾の確認と撤去に回って。犯人はこちらに任せてください]
「了解」

傍観気分だった気持ちを少し引き締めハンドルを握りなおす。
これが本当か、気のせいか分からないがこれでは終わらないと、得体のしれない感覚に囃される。
そんな不安を振り払うかのように郁は車の速度をあげた。




* * *




[299...]

そんな朱の呟きに思わず苦笑を浮べずにはいられなかった。
変わった様に見えて根本的なところは何も変わってない。
こういう時に彼女の中の絶対的な正義感を感じさせられる。
流石サイコパスが濁りにくいだけの事はあると一つ笑みを零してデバイスを閉じる。
窓越しに外を眺めるがこれといって動きはなかった。

念の為にと公園の入り口で見張りを酒々井に頼まれ、それを引き受けてみたものの至って静かだった。
懸念だったかと思ってドアをあけた瞬間、公園の奥で微かに光る緑色が視界に入った。

「ドミネーター?」

この状況で使う機会があるのか、そう考えながら座席に置いていたドミネーターを手に取る。
控え目に光る電灯の下で置き去りにされたかの如く動かないドローンを一瞥してから辺りを見回す。

「二人は何処に行った...」

そう口にした途端消えかけていた予感が甦ってくる。
すぐに辺りを最大限に警戒しながら先へと進む。
ふと、足元の感覚が変わる。
コンクリートの硬質な感じではない、ヌメリとした液体のような感覚。
視線を下に向けて目を凝らせば、そこに広がるのは夥しい程の血。
そしてその中心には上半身の弾け飛んだ下半身。

「山門屋か。なら撃ったのは酒々井監視官」

それで正しい筈なのにどこか腑に落ちない。
死体を通り過ぎて短いトンネルに足を踏み入れた。

「...っ、誰だ!」

瞬間背中に冷たいものが流れた気がした。
一瞬で後ろを振り向くが何もなかった。
僅かに感じた視線も消えていて、一人の気配も感じない。
生まれてこの方初めて体験した感覚に体が上手くついてこれていなかった。
収まらない鼓動を無理やり押さえつけるように息を大きく二三度吐いて、力の入っていたドミネーターを握る手を緩める。

「葦簀です。すいません常守監視官、至急...」

回線の向こう側いる朱に事の次第を連絡しようとした郁の言葉はそこで途切れる。
郁さん、と業務中では絶対に呼ばない名称で声をかけられていたが、そんなことすら耳に入っていなかった。

「ダブリューシー...」

壁に大きく書かれた謎の血文字がその目を捉えて放さなかった。






(夜の帳は下りた後)
(誰かの声が確かにあった)

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