花紡ぐ唄

縢の部屋はチョコレートの甘い匂いで満たされていた。
料理好きの縢は勿論バレンタインというこの行事を逃す筈もなくお菓子作りに勤しんでいた。
そんな中いつもと違うのは横に名奈がいるという事である。


いそいそとあっちに行ってはこっちに来るを繰り返す。

いつも任務をこなす無駄のない動きからは想像できない姿に思わず笑みが溢れる。


『普段料理はするんだけどお菓子作りって滅多にしなくって』
「結構大変でしょ」
『はい、繊細な作業が多くて沢山気を遣いますね』


話しながらも顔を上げない名奈
彼女は今、狡噛へのチョコレート作りにご執心である。

そんな彼女を見ていると昨日の終業後の出来事がまざまざと思い出される。




『縢くん!』
「うおっ!?」
『お時間ください』





(いきなり腕を引っ張られた時は何事かと思ったけど)



まさかこんな事で彼女に頼られるとは縢も思ってなかった。


妹がいればこんな感じなのだろうと、柄にもない事を考えた縢は胸の辺りがほんの少しこそばゆくなる。



『縢くん』
「ん、どした?」
『これでどうでしょうか?』



目の前に差し出されたのはレシピ通りに調理されたチョコレート。
あとは固めてラッピングをすれば完成といったところだろう。

レシピ通りに作って途中で味の確認もした。
それでも態々確認するところは彼女の性分故か。


「美味いよ、名奈ちゃん」
『本当ですか!』



そう告げると名奈は心の底から嬉しそうに笑う。


その笑顔にいつもよりチョコが甘く感じたのは自分だけの秘密だ。



花紡ぐ唄
(君の行方に幸あれ)

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